世界最速のウォーカーが日本にいることをご存知か。今年3月、世界選手権の代表選考を兼ねた全日本競歩能美大会の男子20キロ競歩で鈴木雄介(富士通)が1時間16分36秒の世界新で優勝した。陸上競技の日本人男子では半世紀ぶりの世界記録樹立。一躍、注目が集まった。鈴木は8月に控える世界選手権(北京)で金メダルを狙う。“世界最速”の称号を手にした日本陸上界期待の星に、二宮清純が北京からリオデジャネイロ五輪、その先への思いを訊いた。
二宮: 競歩には、現在五輪種目となっている男女20キロと50キロと3種目あります。鈴木さんの場合は、男子20キロを主戦場としています。これは自分の脚質に合わせて選んだのでしょうか?
鈴木: それもありますが、僕が大学生の頃、競歩で「日本人は50キロじゃないと戦えない」と言われていました。その流れを受けて、50キロに挑戦する選手が多かった。そういった風潮に従うのが嫌だったので、僕が“20キロで戦えるということを証明しよう”という決意でやることにしたんです。

二宮: 私も「五輪でメダルを目指すなら、20キロより50キロの方がいい」と聞いたことがあります。
鈴木: 実は根拠なんてないんです。だから、僕はおかしいと思った。迷信みたいなもの。だからこそ、自分ができることを示したかったんです。

二宮: 世界記録を出した鈴木さんが言うことだから説得力がありますね。こうやって世界記録を出して、20キロでもトップに立てることを実証したわけですから。これからも20キロを主戦にしていくんですか?
鈴木: まずはリオデジャネイロ五輪後の2017年に行われるロンドンでの世界陸上までと考えています。それからは50キロに移行しようかなと思っているんです。今は20キロで、3年の間に金メダルを獲るのが目標。それが達成できれば、次は50キロで獲ろうという気持ちでいます。もし20キロで金が獲れなかったら、まだ続けることもあるかもしれません。

二宮: やはり瞬発力など体力の関係で、年齢を重ねると長距離の方が適してくるのでしょうか?
鈴木: さすがに瞬発力や心肺機能は落ちてくる。実際のところ、自分の感覚でも、一番良かった時期は22、23歳の頃です。今は、練習を工夫し、基礎体力や技術を向上させている段階なんです。だから、そろそろ厳しくなっていくのかなと思っています。

二宮: いずれは50キロに移行すると?
鈴木: でも50キロ競歩の練習は今もしているんです。なので、どちらもいけるなという思いはありますね。50キロに転向しても、20キロでもまだまだ記録を伸ばしていくつもりです。

二宮: 歩行距離の長い種目の方が、これまでの経験が生きますか?
鈴木: そう思います。でも、やり方次第ではどちらでも勝負できるとはずです。ずっと向上できるという気持ちでやっていくことが、長年やっていくためには必要。年をとったから、と考え過ぎるのはよくないと思うんです。そこはうまく付き合っていきたいですね。

二宮: 来年のリオ五輪は、出場できれば2度目の大舞台となります。実力的にも経験的にも、良い状態で迎えられそうですね。
鈴木: そう考えて、ロンドン五輪前からやってきていたので、計画通りに来ているイメージがあります。今年の北京の世界陸上でメダルを獲ることが、リオへの試金石になるかなと。リオで初のメダルを狙うのではなく、北京で1個獲れれば、安心感から“最悪、メダルを獲れなくても大丈夫”という気持ちの余裕を持てるはずです。なので、今年は勝負の年になると思うんです。

二宮: 鈴木さんは現在27歳。競歩の選手は競技人生が長いので、東京五輪の先まで狙えるんじゃないでしょうか。
鈴木: はい。僕も40歳くらいまでは、できれば続けていきたいです。リオでは20キロで金を、東京では50キロで金を獲るのが目標です。うまくいけば、東京では2種目金メダルを狙いたい。ただ今の日本の状況だと、20キロは若手に任せてもいいのかなと思っています。メダルを狙うチャンスのある若手に20キロは任せて、僕は50キロに集中して、日本代表として2つ獲れればいいですね。

<現在発売中の『第三文明』2015年7月号でも、鈴木雄介選手のインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>