大山真奈がハンドボール女子日本代表(おりひめジャパン)に初選出されたのは2017年6月の第21回ヒロシマ国際大会だ。北國銀行Honey Beeに加わり、2年目を迎えていた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 実はヒロシマ国際に向けた事前合宿に招集された大山は辞退を考えていたという。以下は本人の談。

「私が日本代表の合宿に呼ばれた時はヒロシマ国際のメンバーに入っていなかったんです。“それだったら”と合宿に行くか迷っていたんです。試合に帯同しないのに合宿へ行く意味があるのかなと。いろいろな先輩に話をすると、『行くだけ行って自分のプレーを見てきてもらいなさい』と言われ、行くことにしました。合宿ではメンバーに選ばれていないので、気負いすることもなくのびのびプレーできたんです。それが良かったのか、追加で大会のメンバーに招集してもらえました」

 

 おりひめジャパンはヒロシマ国際で、日本リーグの広島メイプルレッズ(現・イズミメイプルレッズ)、中国の江蘇省、デンマークのSKオーフスと対戦した。大山は2試合目の江蘇省戦、3試合目のSKオーフス戦に出場。いずれも3得点を挙げた。24歳以下が対象の世界学生選手権大会に出場していたこともあり、コンディションは上々。海外勢との戦いを経験していたことも大きかった。

 

「その前に世界学生でスペインに行って、試合をしていました。そこでルーマニア、スペインを相手に5位だったんですが、海外の選手に慣れていたこともあり、やりやすかった。ヒロシマ国際の時のプレーは良かったと思います」

 合宿時同様、代表デビューも緊張して力を出せないということはなく、のびのびプレーできた。彼女はその後もコンスタントに代表へ呼ばれるようになった。

 

 大山が初めて代表に呼ばれた頃、おりひめジャパンは新たな指揮官を迎えていた。デンマーク出身のウルリック・キルケリー監督だ。デンマーク代表のコーチとして13年の世界選手権大会3位に貢献した実績を持つ。バーレーン、サウジアラビア男子代表のコーチも経験ある。「褒めることの方が多い監督で、選手に任せることも多い」(大山)という、どちらかと言えば“選手ファースト”に分類される指導者だ。

 

 16年7月のルール改正により、ゴールキーパー(GK)とコートプレーヤー(CP)の交代が容易になった。改正前はGKと交代する選手はGKユニフォームまたはビブスを着用している選手に限られていたため、GKに代えてCPを投入する“7人攻撃”を仕掛ける際のリスクが非常に高かった。このルール改正を受け、キルケリー監督率いるおりひめジャパンでは“7人攻撃”を積極的に採用している。

「私は代表に入って初めて経験しましたが、最初から割とスムーズにできたと思います。元々プラスワン(数的優利)の状況で、ディフェンスと駆け引きをし、さらに優位にもっていくというハンドボールを経験していました。だから今までやってきたことの延長のような感じでもありました」

 

 自らの生きる道をオールラウンダーに見出していた大山は、北國銀行で“便利屋”という地位を確立していた。センターバック(CB)のみならず、両サイドバック、左ウイング(LW)と器用にこなした。流れによってはポストと呼ばれるピヴォット(PV)の位置にも入る。実質1年目の15-16シーズンから4シーズン連続で全試合に出場。北國銀行の荷川取義浩監督はそのユーティリティー性を高く評価する。

「センターが基本ポジションでしたが、左サイドに持っていても結果を出した。大山はいろいろなポジションにトライし、自分のモノにしていく力が長けていました」

 

 熊本で持ち帰ってきたもの

 

 オールラウンダーとして安定した評価を得つつも、CBとしてはおりひめジャパンと北國銀行で2学年上の横嶋彩の控えという位置付けだった。日本リーグのベストセブン賞は横嶋の指定席。おりひめジャパンでも攻撃の中心を担っていたのは横嶋だった。大山がゲームメーカータイプのCBとするならば、横嶋は3度の得点王に輝くなど点取り屋のタイプのプレーヤーである。17年の世界選手権ドイツ大会でも大山の出番は多くなかった。

 

 昨シーズンは“便利屋”の枠を飛び出し、大黒柱へと進化する過程だった。昨年11月に熊本で開幕した世界選手権では、大山がスタメンCBで起用された。横嶋は9月のヨーロッパ遠征で左膝に大怪我を負い、メンバーから外れからだ。大山は開幕戦のアルゼンチン代表戦で5得点を挙げ、24-20の勝利に貢献した。

 

 熊本大会の大山は全8試合に出場し、25得点をマーク。3試合でプレーヤー・オブ・ザ・マッチに輝き、CBとしての実力を証明した。だが彼女から満足する様子は見られない。

「いつもの自分としては点数を取れている方だと思いますが、もう少し自分本来の周りを生かすプレーができたら良かったな、と」

 それでも大山は「課題は収穫」と、むしろポジティブに捉えている。

 

 彼女が熊本から持ち帰ってきたのは、自身への“宿題”だけではない。ポジションへのこだわり、チームの中心となる自覚が強まったように映る。

「オリンピックを前に大きい舞台でスタートを経験できたのは良かったと思います。横嶋さんが帰ってきても渡すつもりはありません。“私もできる”ということを監督に見せたかった。最終的なポジションは監督が決めること。その与えられた場所で頑張るのは当然ですが、ポジションを簡単に譲るつもりもありません」

 

 熊本の世界選手権は、自国開催のビッグゲームという点で東京オリンピックの予行演習にもなった。おりひめジャパンは熊本大会で目標としていたメダル獲得には届かなかったものの、準優勝したスペイン代表に31-33と善戦するなど前回のドイツ大会の16位を上回る10位という成績を挙げた。

 

 熊本の激闘からチームに合流して迎えた19-20シーズンの日本リーグでも、怪我の横嶋に代わって大山がスタメンCBでチームを牽引した。古傷の左膝を痛め、フル出場はかなわなかったが、リーグ6連覇、4年ぶりの日本選手権優勝に貢献した。チームは4冠を達成した。荷川取監督も彼女の成長を感じたという。

「それまでだったら熱くなり過ぎたり、ミスを続けてしまうことが少なくなかった。それがすぐに切り替えられるようになった気がします。プレーだけでなく気持ちの面で大人になったなと感じました」

 

 日本リーグでは自身初のベストセブンに選ばれた。

「この年はベストセブンを取りにいくと決めていました。でも自分としてはあまり納得していません。世界選手権で感じたのは海外の選手の勝負どころで決め切る力、そして時間の使い方の上手さです。日本リーグではもっと長い時間に出て、試合のコントロールの仕方などを学びたかった。怪我で出場時間が限られてしまったことは、成長を逃してしまったなと感じています」

 だから“有言実行”となったベストセブン受賞にも「“もっと頑張りなさい”というメッセージとして受け取りました」と口にするのだろう。

 

 勝負どころで決め切る力

 

「社会人になってから頼もしくなった」と語るのは、大山の恩師である大阪体育大学の楠本繁生監督だ。教え子の成長ぶりを喜びつつも“痛い”思いもした。昨年12月の日本選手権決勝で、大山にトドメを刺されたからだ。実業団チームを破るなど快進撃を続けていた大体大は、日本選手権初優勝をかけ、日本リーグの絶対女王・北國銀行に挑んだ。残り2分を切ったところで27-28と迫る好勝負を繰り広げた。

 

 北國銀行は大山となって攻撃を展開した。ボールを散らしながら、選手がぐるぐると動き回る。そして大山は個人技でゴールへの道を切り拓いた。中央でボールを持つと、外に振ると見せ、縦に突破した。最後はゴールエリアライン付近でマークをかわすように左へ流れながらジャンプしてシュートを放つ。ボールは左ポストを弾き、ゴールネットに突き刺さった。残り時間は1分余り。勝利を大きく手繰り寄せる一撃だった。まさしく「勝負どころで決め切る」ワンプレー。あまり選手を褒めない楠本監督も「一番大事なところで決められた。チャンスを逃さず決めたナイスプレーでした」と称えた。

 

 そのまま試合は29-27でタイムアップ。北國銀行は4年ぶり4度目の日本選手権制覇を成し遂げた。

「日本選手権で楠本先生が本気で勝ちにきているのはわかっていました。それでも私たちにも意地がありました。学生が強かったのも事実で“勝てるかも”と自信を持たせてしまったかもしれませんが、簡単には勝たせてもらえないということも少なからず感じてもらえたかなと思います。それが日本のハンドボールが成長するきっかけになると思うからです」

 実業団チームとしての誇り、日本代表の誇り。それらを胸に大山は学生たちの壁となったのだ。

 

 自身を「ただの負けず嫌い。あとは誰にでもはっきり言うタイプです。いらんことも言っていると思います」と分析する。「誰にでも」とは、先輩後輩関係なく、時には監督やコーチとも意見をぶつけ合う。その点は過去、現在に関わってきた指導者が口を揃えて証言する。

 

「大山は自分のアカン部分は分かっている。言うことも言うしやることもやる。客観的に自分を見られるのも武器だと思います」とは高松商業時代に彼女を指導した田中潤監督(現・高松中央)の言葉だ。大体大の楠本監督は「ダメならダメときちんと言える。“こうした方がいい”とも提案できるし、監督として楽をさせてもらった部分はあります」と続いた。北國銀行の荷川取監督は、貪欲さが根幹にはあると見る。

「彼女は自分でも考えている。試合中に“こうしろ”と指示をしたら、“今はディフェンスの状況がこうだから、こういうこともしてみたい”という話を持ってくる。そういう貪欲さも彼女が成長した一因だと思います」

 

 大山は今シーズンから北國銀行でキャプテンを任された。荷川取監督は「チームに入った時からキャプテンシーは感じていました」と、大山のキャプテン構想は以前から持っていたという。27歳の新キャプテンはこう抱負を述べた。

「今シーズンはプレーオフ優勝に向け、リーグ戦全勝できるように頑張りたい。キャプテンとしては自分らしさを忘れずに、全集全員が同じ方向を向き、それぞれの役割を全うできる集団をつくっていきたいと思います」

 

“便利屋”から大黒柱へ――。器用さと泥臭さを併せ持つオールラウンダーは、勝負どころで決め切る力を身に付け、チームや代表で更なる存在感を放とうとしている。魅せるプレーにもこだわり、「見ている人に“この人のハンドボールは面白いな”と思ってもらえるプレーヤーになりたい」と口にする大山。自らが理想とするハンドボーラー像に近付ければ、来年開催予定の東京オリンピックで、おりひめジャパンの上位進出も見えてくるはずだ。

 

(おわり)

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大山真奈(おおやま・まな)プロフィール>

1992年12月7日、香川県高松市生まれ。香川一中で本格的にハンドボールを始める。3年時に全国大会出場。高松商業では全国高校総合体育大会(インターハイ)をはじめ数々の全国大会に出場した。大阪体育大時代は3度の日本一を経験。15年、北國銀行に入団。オールラウンドな能力を買われ、早くから出場機会を掴み、日本リーグなど数々のタイトル獲得に貢献した。16年に日本代表デビュー。世界選手権は17年、19年と2大会に出場した。19年度の日本リーグベストセブンを受賞。北國銀行では今シーズンよりキャプテンを務める。ポジションは主にセンターバック。右利き。身長164cm。

 

(文・競技写真/杉浦泰介)

 

 


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