先週の本欄で、「スポーツを文化にするということは、スポーツを習慣にすることに等しい」といった趣旨のことを書いた。

 

 多くの人の習慣になっているスポーツは、コロナ禍の危機をも乗り越えようとする。選手はもちろんのこと、競技とは直接関係のない人間が開催を切望し、開催された高校野球などはその最たる例だとも思う。

 

 ただ、1週間がたって気持ちが変わった。習慣になったスポーツは、明治の文豪・坪内逍遥が英語のカルチャーを和訳した単語「文化」に近い立場にあるが、かといって、習慣を続けるだけでは文化にならないのでは、と思えてきたのである。

 

 20年ほど前、スペインのビールメーカーが実に印象的なCMを打っていた。

 

 最初に出てくるのは、当時アトレティコで脚光を浴びていたフェルナンド・トーレス。彼は、チームを95年のリーガ優勝に導いた立役者でもあるキケが憧れの人だという。

 

 と、次にキケが登場し、「子供のころはグアルディオラのプレーが好きだった」。これにペップが「ずっとベルトン・シュスターが憧れだった」と続き、シュスターは「ニースケンスが好きだった」。

 

 おや、ドイツ人なのに宿敵オランダ人の名前を挙げるとは、さすが変わり者シュスター……と思っていたら、ニースケンスが挙げたのは78年のW杯決勝で対決した男の名前だった。

 

「エル・マタドール(闘牛士)、マリオ・ケンペス」

 

 すると、すっかり太って変わり果てたケンペス登場。

 

「ディステファノが神様だった」

 

 うわあ、そこまで遡りますか。と、最後に現れたアルゼンチンとレアル・マドリードのレジェンドはこう言うのだ。

 

「いまはフェルナンド・トーレスが最高だ」

 

 スペインにおけるサッカーは、もちろん習慣でもあるが、坪内逍遥が言うところの「文化」としての意味合いも強く持っている。というか、持っていなければこんな含蓄に富むCMが生まれることもない。

 

 残念ながら、いまの日本ではサッカーを題材とした、それでいながら文化的な深みを感じられるCMができるとは思えない。これが野球となると、小林繁さんと江川卓さんが共演した日本酒のCMがパッと思い浮かぶのだが――。

 

 もちろん、日本におけるサッカーと野球では歴史の深さが違う。ただ、いまのやり方を続けていけば、いつかはサッカーは野球のようになれるのか、と問われると、正直、言葉に詰まる。

 

 というのも、日本のサッカーの場合、野球やスペインのサッカーほどには歴史や伝統が継承されていない。わたしは、現時点で歴代最高の日本人サッカー選手は釜本邦茂だと思うが、若いファンに言わせれば「はぁ?」だろう。

 

 そこで思う。スペインでは、得点王となった選手にピチーチと呼ばれる賞が与えられる。最優秀GKにはサモラ賞。これ、いずれも戦前に活躍した伝説的なストライカー、ゴールキーパーの名前である。そう、日本の野球界にとっての沢村賞のようなものなのだ。

 

 習慣を文化に昇華させるためになすべきこと、見えてきた気がしません?

 

<この原稿は20年9月10日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


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