多田羅英花は高瀬高校での3年間、個人で全国高校総合体育大会(インターハイ)をはじめとした全国タイトルに届かなかった。2010年には最終学年となり、カヌー部のキャプテンとして迎えたにも関わらず、インターハイに出場することすらできなかった。その思いのほどは彼女が高校時代を「悔しい3年間でもあり、すごく楽しい3年間」と振り返る時の「 悔しい3年間」という言葉に表れている。

 

 届かなかったインターハイ。キャプテンとして責任を感じ、失意のどん底にいた多田羅を励ましてくれたのは仲間たちだった。

「インターハイへ行けないことが決まって、私が責任を感じていた時、励ましてくれたのは妹を含めた高瀬高校カヌー部のみんなです。だから最後の国体の時は“このメンバー、そして安藤先生との最後のレース、絶対に楽しもう!”と決めていました。特に同じ艇に乗る、同い年の子にとっては国体が引退レース。その子とのラストレースを“笑顔で終えたい”と思いました」

 

 だから10月に千葉で行われた国民体育大会は高瀬で出場する最後の公式戦であり、特別な舞台だった。多田羅は妹・彩花らと共に少年女子の部200mカヤックフォアに出場した。

「高校3年間なかなか勝てない中、一緒にたくさんのことを乗り越え、励ましてくれた。“一緒に優勝したい”と心から思えた仲間」

 その思いをパドルに乗せ、推進力に変えた。高瀬たちは見事優勝を果たした。国体で結果を残したことにより、自らの進路にも繋がった。

 

 高校卒業後も“カヌーを続けたい”と思っていた多田羅は武庫川女子大学に進む。高校時代の恩師・安藤恵子教諭(現・香川西部養護学校教諭)の母校である。

「“安藤先生のような体育教師になりたい”と思っていました。『大学でカヌーを続けたいんです』と相談したら、すぐに『武庫川女子大学がいいよ』と言ってくれたので、迷うことなく『先生と同じ大学に行きます』と伝えました」

 

 恩師に背中を押され、生まれ育った香川から北東にある兵庫に向かった。西宮市にある武庫川女子大はオリンピックに出場したカヌー選手を輩出している名門。通称・武庫女は多田羅がステップアップする場所としては、ふさわしい舞台に思えた。

 

 しかし、入学しての1年はなかなか結果が出ず苦しんだ。「速くなれない焦りもありました」。人間関係で悩むこともあり、一時はカヌー部を辞めようとさえ思った。香川の実家に戻り、「カヌーを辞めたい」と吐露した。

 

 家族という最大の援軍

 

 母・光代には日頃から悩みを打ち明けていた。だから母の答えは「辞めたらええよ」だった。

「“こんなにつらい思いをさせてまで、この子にカヌーを漕がせる意味があるのか”と思ったんです。だから『辞めたらええよ。帰ってきたかった帰ってきてええよ』と言ったんです」

 

 多田羅にとって最大の援軍は家族だった。母からの「辞めてもええ」は彼女の心の負担を軽くした。また大学受験を控えていた妹・彩花からは「私も武庫女を受ける」と言われたという。自然と気持ちは前向きになり、競技へのモチベーションはそれまで以上に燃え上がった。

 

 大学2年時からは結果が出始めるようになった。秋の全日本学生選手権大会(インカレ)で多田羅は500mリレーで優勝、フォアでは3位入賞を果たした。5000mシングルでは2位。各種目で好成績を挙げ、武庫川女子大の10年ぶりの総合優勝に貢献した。

 

 さらに加速度を上げて成長する。3年時のインカレで4種目制覇。チームは大会連覇、多田羅はMVPに輝いた。4年時にはさらにタイトルを増やして5種目制覇。2年連続のMVPを獲得した。カヤックペア500mでは1学年下の妹・彩花と組み、頂点に立った。

「妹とは高校時代にもペアを組んだことがありましたが、いつも2位ばかりでした。6年目でやっとという感じでしたね。両親にその姿を見せられたので、すごくうれしかったです」

 

 3年時は日本代表に選ばれるようになり、4年時には韓国・仁川で行われたアジア競技大会ではフォアで4位入賞を果たした。多田羅の視線は“日本一”から“世界”に向いていた。

 

 15年、武庫川女子大を卒業し、愛媛県体育協会に就職した。現在も所属する県の競技力対策本部に籍を置いた。カヌーで結果を残すことが彼女の仕事となった。「毎月お給料をいただき、遠征費用も負担してもらえて、すごく助かっています」。用具にかかる費用はもちろんのこと、代表に選ばれれば大会、合宿などの遠征費だってかかる。より競技に専念できる環境を得た。多田羅は一層の責任感を持ち、更なる飛躍を誓った。

 

 その年の国内の代表選考会を突破し、リオデジャネイロオリンピックの出場権をかけたアジア最終予選に向かうこととなった。インドネシアへと旅立ったのだが、そこに思いもよらぬ試練が待っていた――。

 

(最終回につづく)

>>第1回はこちら

>>第2回はこちら

 

多田羅英花(たたら・ひでか)プロフィール>

1992年9月2日、香川県坂出市生まれ。中学からカヌーを始める。白峰中3年時に全国優勝。高瀬高3年時でジュニアの日本代表、武庫川女子大学2年からはシニアの日本代表に選ばれている。大学3、4年時には全日本大学選手権で複数種目を制し、2年連続MVPを獲得した。18年にインドネシア・ジャカルタでのアジア競技大会カヤックペアで銅メダルに輝いた。今年3月の国内代表選考でカヤックシングルで1位に入り、東京オリンピックの出場権をかけたアジア予選の代表入りを果たした。9月の日本選手権では同種目で初優勝。身長158cm。

 

(文/杉浦泰介、写真/本人提供)

 

shikoku_kagawa


◎バックナンバーはこちらから