創価大学駅伝部は新春に行われた第97回東京箱根間往復大学駅伝競走で往路初優勝、過去最高の総合2位と快進撃を演じた。昨年の総合9位が最高成績だった創価大はなぜ、急成長したのか。部を指導する榎木和貴監督は競技力向上以外に大事にしていることがあるという。彼の指導哲学に迫った昨年の原稿を、もう一度読み返そう。

 

<この原稿は「第三文明」2020年4月号に掲載されたものです>

 

監督就任当初からシード権獲得を目標に

 

二宮清純: 先の箱根駅伝で創価大は総合9位となり、3度目の出場で見事に来年のシード権を獲得しました。榎木監督は当初、どのあたりの順位を目標に設定していたのでしょうか。

榎木和貴: 往路6位、復路12位の総合8位で、シード権の獲得を目指していました。

 

二宮: それはすごい! 今回の結果は、往路7位、復路9位の総合9位ですから、ほぼ想定通りですね。ただ、創価大は3年間箱根から遠ざかっていました。いきなりのシード権獲得という目標に、選手たちは戸惑いもあったのでは?

榎木: 私もそれを心配しました。私のなかには就任当初からシード権獲得があったのですが、選手たちがイメージできなければ意味がない。それで、しばらくは自分の胸に秘めておいたんです。

 

二宮: 具体的な目標を選手たちに示したのは、いつごろですか。

榎木: 昨年10月の箱根予選会前です。夏合宿で選手たちが力をつけているのを感じ、9月の競技会(1万メートル)で15人が自己記録を更新したんです。それで予選会の上位を狙える手ごたえを感じて、「予選を通過して終わりじゃなく、本戦もしっかり戦ってシード権を獲得しよう」と話をしました。

 

二宮: その監督の手ごたえ通りに5位で予選を通過したわけですから、選手たちも自信を深めたでしょうね。さて、ここからはレースを振り返っていただきたいと思います。まず1区の米満怜選手(4年)は、1位で鶴見中継所に入って来ました。区間歴代2位の好記録でしたが、これは監督の狙い通りでしたか。

榎木: いえいえ、できすぎです。私は5位くらいで来てくれて、2区のムソニ・ムイル選手(4年)とセットでトップ通過できれば……というくらいのイメージでした。でも、本人は「絶対に区間賞を取る」と決めて走っていたようです。

 

二宮: その決意の表れが、ラスト300メートルの渾身の走りにつながったのかもしれませんね。続いて“花の2区”を走ったムイル選手については?

榎木: 彼のトラック(1万メートル)でのタイムは、箱根にエントリーした選手のなかでトップなんです。でも、ロードは苦手意識があるのか、あまりタイムが出ません。それなので、1時間8分を切ってくれればいいかなと考えていました。

 

二宮: 結果は1時間7分58秒でした。区間11位でしたが、自分の仕事はしたという感じですね。6位で襷を受け取った3区の原富慶季選手(3年)の走りはどうでしたか。

榎木: 彼は、けがで夏の合宿にも参加できなかったんです。でも体幹トレーニングなど、できる練習を地道にやり続けたことで、9月に練習を再開してからは順調にタイムが伸びました。箱根でも相応の結果を残してくれました。

 

二宮: 原富選手は9位(区間11位)で、続く4区の福田悠一選手(3年)に襷を渡しました。福田選手は区間4位という好成績でしたね。

榎木: 彼は本戦の2週間ほど前まで腰の状態がよくなくて、練習のペースを落とし気味でやっていたんです。でも試合に強いタイプなので、スタートラインに立てる状況さえ整えば、プラスアルファの要素を出してくれるはずだと考えて起用しました。

 

二宮: その期待にこたえる見事な走りで、順位を7位に押し上げます。そして山上りの5区には、主将である築舘陽介選手(4年)を起用しました。

榎木: 彼は上りに強く、箱根の山上りをするために創価大学に来た選手です。1年時の箱根でもチャンスがあったのですが、直前に体調を崩してメンバーから外れてしまいました。その悔しさをかみしめながら練習に励む一方で、主将としてチームを牽引してくれました。そうした思いがすべて詰まった走りだったと思います。結果として、往路は目標よりはるかにいいタイム(5時間27分34秒)で走ることができました。

 

シードの壁を感じた復路

 

二宮: 復路のスタートである6区は葛西潤選手。1年生で唯一の選出でした。

榎木: 彼は5000メートルの自己ベストが14分6秒と力があり、往路を走らせることも考えた選手です。ところが、直前の合宿でも調子を上げられなかった。当然、各区へのエントリーもほかの選手が先に決まり、彼が箱根を走るチャンスは6区の山下りしかないという状況だったんです。それを本人に伝えたのが、本戦の5日前でした。

 

二宮: 5日前ですか。ほぼぶっつけ本番だったわけですね。

榎木: はい。彼の“箱根を走りたい”という気持ちの強さに賭けました。それまでの状況を考えれば、頑張ってくれたと思います。

 

二宮: そして、襷は10位で7区の右田綺羅選手(3年)に渡りました。

榎木: 区間18位と厳しい戦いを強いられました。彼は本来1万メートルを28分台で走れる力がありますが、8月ころまでけがに苦しんでいました。ようやく本格的に走り込みができるようになったのは9月に入ってから。その意味では、スタミナ面に不安を抱えていたのは事実です。

 

二宮: ここで創価大は、シード権の圏外(11位)に順位を落とします。このときの心境は?

榎木: シードの壁は厚いということを、初めて感じました。正直、「このまま跳ね返されるのかな」という不安もありました。

 

二宮: しかし、ここで8区の鈴木大海選手(3年)が粘りの走りを見せます。順位は変わらず11位でしたが、区間9位のタイムで前を行く中央学院大との差を縮めました。

榎木: 彼は、前回の箱根予選会でチームトップのタイムを出している柱ともいえる選手です。彼を8区に置いたのは、後半勝負になると考えたことと、地元(湘南)を走るメリットを考えてのことでした。

 

二宮: 熾烈なシード権争いは9区に引き継がれます。石津佳晃選手(3年)も順位を上げることはできませんでしたが、区間6位といい走りをしました。ただ、前を行く中央学院大の主将・有馬圭哉選手(4年)が速かった。

榎木: 区間2位のタイムでしたからね。石津選手も10キロくらいまで粘ってくれたんですが、差が開いてしまいました。でも、「1分以内の差であれば何とかなる」という気持ちもありました。

 

二宮: そうだったんですか。テレビでもほとんどシード権争いが映らなくなっていましたし、正直、厳しい差かなと……。

榎木: 10区の嶋津雄大選手(2年)は、5000メートルや1万メートルのタイムでいえば、チームで2〜3番手の選手です。何より、彼は“攻め切る走り”ができるんです。

 

二宮: ただ攻めるだけでなく、攻め“切る”走りですか。

榎木: 今回もそうでしたが、前半から突っ込んで走って、その勢いで押し切るという走りです。アンカー勝負になることも考えての起用でした。それでも、区間新記録は予想外でしたね。

 

(後編につづく)


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