二宮清純: ここで少し、監督自身のことについてお聞きします。榎木監督は、高校駅伝の強豪・小林高校(宮崎)から中央大に進学。箱根駅伝では4年連続区間賞を獲得するなど、輝かしい成績を収めています。卒業後は旭化成を経て、沖電気で女子選手の指導を担当。その後、トヨタ紡織で監督を務め、2019年2月に創価大駅伝部の監督に就任されました。就任の経緯は?

榎木和貴: トヨタ紡織で思うような結果が出せずチームを去り、それからしばらくサラリーマン生活を送っていたんです。そんなときに、旭化成の先輩である川嶋伸次さん(シドニー五輪男子マラソン日本代表)から、「創価大の監督をやってみないか」と声をかけてもらいました。

 

<この原稿は「第三文明」2020年4月号に掲載されたものです>

 

二宮: すぐに引き受けたのですか。

榎木: いえ、そのときはお断りしました。自分の指導力不足を感じていて、このタイミングで引き受けてもうまく指導できないのではないかと考えたのです。

 

二宮: それにもかかわらず、最終的に就任を決断したのは、なぜですか。

榎木: 川嶋さんの言葉ですね。「すべて完璧な状態でスタートしなくても、大学に入って選手と一緒に成長していけばいいじゃないか」と言ってもらって、気持ちが固まりました。家族や両親が、同じような言葉で後押ししてくれたことも大きかった。

 

二宮: 榎木監督は、女子選手の指導も経験されています。女子の場合、男子以上にきめ細かな配慮が求められると思いますが、それが学生たちの指導に役立っている部分もあるのでは?

榎木: それはありますね。今の学生は、頭ごなしに怒っても成長にはつながりません。彼らの意見をよく聞いてあげること、選手に寄り添う姿勢が大事だと思います。選手を指導するときも、できるだけデータなどの根拠を示して納得させる。そういう指導をしないと、選手たちも伸びていかないと感じています。

 

二宮: 榎木監督の言葉で、「駅伝は走力だけじゃない。人間力も必要」というものがあります。この言葉の真意は?

榎木: 駅伝がタイムだけで勝負が決まるのなら、ただ速くなることを目指せばいいんです。でも当然、自分よりタイムの速い選手と走らなければいけないこともある。そのときに、あきらめて投げやりな気持ちで走るのか。それとも、「何が起こるかわからない」「私にはチームの仲間がいる」と考え、ベストを尽くせるか。厳しいときこそ、その人の人間性が出ると私は思っています。だからこそ、日ごろの練習はもちろん、私生活も含めていい加減なことをしない。それが、ひいては自分の競技レベルを引き上げることにつながるし、そういう選手を周りは応援したくなるものだと思います。

 

箱根を走れば人生が変わる

 

二宮: 先ほど、10区間を走った各選手の走りを振り返っていただきましたが、数多くの部員のなかから10人を選ぶというのは大変な作業でしょうね。

榎木: そうですね。本戦を走る10人はもちろんですが、最も頭を悩ませたのは、箱根にエントリーする16人を選ぶときでした。

 

二宮: 確かにエントリーされなければ、箱根を走る可能性はゼロなわけですからね。そのうえで、本戦の10人はどのように選んだのでしょう?

榎木: 実は1カ月に1度くらい、その時点でのオーダーを決めていたんです。それを振り返ると、1区と2区は米満選手かムイル選手のどちらかでした。固定されていたのはそこくらいで、ほかの区間は1カ月ごとに変わり、最終的に当初のオーダーからは8割くらい変わっていると思います。

 

二宮: 往路か復路かもそうですし、平地かあるいは上りか下りか……。判断基準は複数あります。

榎木: 難しい判断です。それなので夏合宿を山で行い、上り下りの適性を見たりしました。後は単独走が強いのか、集団のほうが力を発揮するのか、そういう部分も見極めていきました。

 

二宮: どの区間も重要だと思いますが、特に重視した区間は?

榎木: スタートが大事だと思っていたので、1区、2区ですね。当初は1区をムイル選手に走らせてトップで来てもらい、米満選手にはプレッシャーのないなかで思い切り走ってもらおうと考えていました。ところが、思いのほか米満選手の1区に対する思いが強かったんです。

 

二宮: 米満選手は、なぜそこまで1区にこだわったのでしょう?

榎木: 東海大の鬼塚翔太選手に勝ちたかったんだと思います。高校(福岡・大牟田)時代からのライバルで、彼は1区に出てくると見られていましたから。その気持ちを無視して2区に持っていってもいい走りはできないと考え、米満選手を1区にしました。

 

二宮: 選手に寄り添うという話がありましたが、単なるタイム比較だけでなく、選手のそういった思いもくみ取りながら、オーダーを決めていったわけですね。

榎木: はい。選手と面談して、希望区間を聞く。そして、自分の思いも伝えて、納得してもらいながら準備を進めました。

 

二宮: 先ほどの嶋津選手の10区起用もそうですが、今回の快挙の裏には榎木監督の巧みな采配があったことがよくわかります。ほかに選手選考で苦労した点は?

榎木: 選手の体調面の把握ですね。たとえば、体調を崩して熱が出ているにもかかわらず、それを選手が申告せずに隠してしまうことがあります。走りたい気持ちはよくわかるのですが、チームのことを思うのであれば、正直に言ってもらいたいところです。

 

二宮: 箱根は駅伝ランナーにとってあこがれの舞台。しかも、その走り次第でその後の人生が変わることもあるわけですから、選手にしてみれば何としてでも出場したい。体調不良を隠すという気持ちも、わからないではありません。

榎木: そこなんです。私自身、選手たちに「箱根を走れば人生が変わる」と言ってきましたから。でも、そこは選手たちと築いてきた信頼関係を大事にしていきたいとも思っています。

 

「ありがとう」という言葉が糧に

 

二宮: シード権を獲得したことで、来年に向けた準備の進め方も変わってくると思います。今の課題を挙げるとすれば?

榎木: 選手たちの意識改革ですね。創価大は以前、2回箱根に出場していますが、そのときは「箱根に出場すること」が目的になっていた。ゆえに、出場したことで満足してしまい、次の年には出場を逃しています。そこで私は、「箱根に出場するのは当たり前。箱根で何をするのか、どう存在感を示すのか」と、選手たちに求めてきました。そのなかで、シード権獲得という目標が共有できたのです。では、次はどうするか。シード権を守るのではなく、さらに上を目指そうとの思いで、先日、新たな目標を共有しました。

 

二宮: どういった目標でしょう?

榎木: 箱根で3位獲得です。目標が高すぎると感じる人もいるかもしれません。でも今回、3位から6位まではわずか26秒差です。6位と創価大との差は約3分半開いているので簡単ではありませんが、決して無理な数字ではないと考えています。

 

二宮: 今回、あの東洋大が10位だったり、創価大と同じ新興勢力といえる東京国際大が5位に入ったりと、現在の箱根は戦国時代の様相を呈しています。その意味では、手の届かない目標ではないですね。そもそも、今回優勝した青山学院大だって、2014年度の初優勝までは5位から9位を行き来していたわけですから。

榎木: 選手たちもその目標に向けて始動していますので、共に頑張っていきたいと思います。

 

二宮: 今回の箱根駅伝の視聴率ですが、瞬間最高は嶋津選手の激走シーン(34.1%)だったと聞きました。一気に創価大駅伝部への注目度も高まったのでは?

榎木: おかげさまで、多くのメディアから取材してもらえるようになりました。でも、私がいちばん驚いたのは、いろいろな人から「ありがとう」と言われることです。「監督として来てくれてありがとう」「シード権を獲得してくれてありがとう」「感動を与えてくれてありがとう」など、すごく感謝されるんです。それが、実業団時代とはちょっと違います。

 

二宮: 実業団時代は、感謝されなかった(笑)?

榎木: もちろん、いい成績を残せばたたえてもらえます。でも、「ありがとう」と感謝されることは、ほとんどありませんでした。それが、創価大の特別なところかもしれません。

 

二宮: それが、また来年に向けてのモチベーションになりますね。

榎木: はい。駅伝部一丸となってさらなる高みを目指しますので、引き続き応援をお願いいたします。

 

(おわり)


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