スポーツ界のトップは「トランスフォーメーション」せよ(川淵三郎氏)<中編>
二宮清純: 川淵さんは1964年の東京オリンピックにサッカー日本代表選手として参加されましたが、本年1月号の『文藝春秋』によると、そのとき一番印象的だったのが開会式だったそうですね。開会式で飛ばした8000羽の鳩の糞で、白い帽子に真っ赤なブレザーの制服を汚さないように警戒していたのだとか(笑)。
<この原稿は2020年10月号『中央公論』に掲載されたものです>
川淵三郎: 幸いにしてアルゼンチンとの試合で点を取って勝利してという、ものすごく喜ぶべきことがあったのだけれど、それでもやはり一番印象に残っているのは開会式。あれほどの感動を味わったことはないですね。
近代オリンピックの父・クーベルタンが一番の目的としてめざしたのは、若者同士が集うことでお互いに理解し合い、世界の平和につなげていこうということでしょう。すべての競技のアスリートが集まって、一体感を持って行動するのはオリンピックの開会式だけです。いまの日程の都合で、サッカーのように開会式前に始まる競技もありますが、これはちょっとオリンピック精神に反するのではないかなと思います。
二宮: 各競技でそれぞれワールドカップとか世界大会をやっているわけじゃないですか。オリンピックは、それらとは別に平和や友好をめざすものであり、そのための象徴が開会式だということですね。
川淵: ここにすべてのアスリートが参加することに意義がある。いろんなエキシビションはべつに必要ないんですよ。昔もやっていなかったし、本当のオリンピック精神の模範となるべきものが明白に表れるのが開会式の入場行進だと思います。
二宮: 1964年大会では選手村の食事が豪華だったそうですね。川淵さんはビフテキが印象に残っているそうで(笑)。
川淵: サッカー代表で何カ月にわたる合宿をしても、当時はよくて豚肉のソテー(笑)。選手村の食事はビュッフェスタイルだから、目移りしちゃってね。食べすぎちゃいけないという自覚はあったのですが、選手村での最大の喜びは食事の時間でした。食糧事情がいかに悪かったかっていうことでしょうね。
二宮: 今回の選手村の食事も準備が進んでいるのでしょうか。
川淵: かなり良いみたいですよ。いまはまだ試食ができるような段階ではありませんが。
二宮: 最近は選手村を避けて一流ホテルに宿泊する選手もいますね。2008年北京五輪の星野ジャパンがそうでした。本来のオリンピック精神に照らせば、いかがなものか……。
川淵: 先ほどの開会式の入場行進と同じように、各国の選手とふれ合い、関係を築いていくことが選手村の必要条件のひとつです。
選手村は相部屋が基本ですが、コロナ対策でひとり一部屋という話が出ています。それだと部屋数が全然足りません。解決すべきさまざまな課題が残っています。
コロナで見えたJリーグの本領
二宮: 話をプロスポーツに移しますが、コロナで無観客からスタートし、いまはプロ野球もJリーグも観客を少しずつ入れています。試行錯誤が続きそうです。
川淵: コロナがインフルエンザのように、共存していく感覚で捉えられるようになれば一大進歩ですよね。過剰に慎重になりすぎないようにしたほうがいい。僕はやはり、お客さんがいないところでプレーするのは、絶対にプロとは言えないと思います。村井満チェアマンも初めから観客を入れてJリーグを開幕する覚悟だったのだけど、プロ野球と相談して観客上限5000人から始めました。村井さんはある程度のところに来たら1万人の観客を入れる覚悟でいるし、中止にした時の決断も早かったので、そういう意味では先を読めるし、この人についていけば大丈夫という信頼感がある。
二宮: 川淵さん以来の名チェアマンですね。
川淵: いやいや、僕とは比べものにならないほど先を読んでいる。臆病になることなく、プロとしてのあるべき姿はどうなのかと真剣に考えて、みんなでよく話し合いながら、しかし最後は自分できちんと決断する。本当に優れた経営者です。いまのトランスフォーメーションが求められる時代にマッチしていて、本当にこの時代によくいてくれた、と感謝しています。
二宮: 今回、カシマスタジアムの駐車場でPCR検査を行ったように、Jリーグはどのプロ競技団体よりも熱心に、いわゆる社会連携に取り組んでいる。川淵さんが掲げた地域密着の理念が結実しているように思います。
J1、J2、J3合わせていま、56チームになります。「1県に1つJクラブを作りたい」と昔おっしゃっていましたね。
川淵: 1県に少なくとも2チームできれば、日本に100のチームができることになります。また、東京都には20チームくらいあった方がいい。たとえば、ロンドンにはプロのクラブが14あります。そう考えれば、東京23区に1チームずつできてもいい。実際、渋谷区などにそういう動きもあって、発展していく可能性があると思っています。
(後編につづく)