1月31日、日本のマラソン界にとって大胆で、斬新なマラソンが開催された。

 毎年1月下旬に開催される「大阪国際女子マラソン」。

 今回は、年末から新型コロナウイルス感染拡大が収まらず、緊急事態宣言下で開催が危ぶまれていた。そこで主催者が決めたのは、従来の日本にないマラソンのかたちである。

 

 クローズドで短い周回コースを走り、無観客。日本記録更新を目指し、男子のペースメーカーを置くなどサポート体制を徹底。ここまでやるかというレース作りに、中継もそこにフォーカス。海外では事例があったが、国内では全く見られない方式の導入だった。

 

 従来の街中を走り、沿道からの応援を受けながら強い外国選手を相手に頑張る日本選手というのがマラソンだと思っていた一般のファンも驚いただろうし、陸連関係者の中でも反対意見があったようだが、思い切った新方式で開催にこぎつけた主催者には敬意を表する。

 

 もちろん、コロナ禍でこうするしかなかったという事情もある。感染拡大局面で、沿道の観戦者をいかに抑えるかという難しいテーマ。ロンドンで昨秋に実施されたようなクローズドコースでの開催しか道はなかったと言える。その逆境をアドバンテージに変えて再スタートしたのが今大会の素晴らしいところ。平坦で単調な周回は、逆に言うとペース管理がしやすく、記録は狙いやすい。

 

 代表選考もかからず、外国選手も来られない中では大きなテーマもなくなるが、ないからこそ記録一本にフォーカスできた。すでに東京五輪代表を決めている前田穂南選手と一山麻緒選手が五輪に向けてのステップにもなり、彼女たちのレベルだからできること。そんな2人だけのレースに仕立てたと言っても過言ではない。

 

 これだけ大きな大会を、ほぼ2人のためにつくったのは大いなる賭けであったと言えよう。

中継もしかりで、事前の番宣はもちろん、ニュースなどでも話題は日本記録。ここまで丁寧に広報を仕掛けているのは、戦略に長けた方がいらっしゃったのだろう。そして大会当日も、2人には男子のペースメーカーが付き、それぞれ専用のカメラが配備された。もうスタートする前から、とにかく2人はどこまで走れるか、記録が出るか、それのみにフォーカスされていた。

 

 記録重視の大会も面白い

 

 実際のレースはご存知の通り、2人の争いから一山が最後まで粘り日本記録更新こそならなかったものの、好記録で優勝した。前田選手も粘りの走りで最後まで崩れず走り切った。結果的には男子ペースメーカーの川内選手や岩田勇治選手のペースメイクも良かったこともあり2人とも最後まで健闘した。

 

 さらに周回コースというロケーションが中継も組みやすく、番組に向いていたこともあり、TV的にも成功だったと言える。だが、もしこれが2人ともに序盤から出遅れたりしたらどうなっていたのか……。そう考えると恐ろしい。そんなリスクも考えてはいただろうが、思い切った賭けに出たフジテレビも評価しなければならない!?

 

 とはいえ、ここまで大胆なしつらえに、陸上関係者からはやはり不満も聞こえてきて、「本当のマラソンとは言えない」「五輪の勝負とは違う」などと批判はあったようだ。

 

 しかし、記録を狙うマラソンも海外では盛んに行われており、記録に対して高額賞金を出したり、ペースメイクなどのサポート体制を整えていたりする大会は少なくない。力のある選手はそうした記録にチャレンジする大会に出場しながら、本来の勝負に重きを置いた大会にも出るというのが流れである。日本でも従来のマラソンとは別に記録狙いの大会が開催されてもおかしくないし、むしろ男子でもやって欲しい。

 

 なにも従来の勝負にこだわる大会がいらないというわけではない。個人的には、街から街を駆け抜ける、記録にはこだわらないマラソンの方が好きだ。でも、記録を狙うことに特化したレースを含め、いろいろなマラソンがあっていい。

 

 今回の特別処置(?)が、来年からどうなっていくのかは未定のようだ。

 確かに今年は変更せざる得ない必然性があったが、来年は同じような状況ではなくなっているだろう。その際に今回のような大会はなくなってしまうのか。従来の大会に比べ、参加者も大幅に減少するので、収益面のリスクはある。しかし、周回コースに観客席を設置し、チケットを販売すれば面白いのではとも思ってしまう。もっとエンタメ化されたマラソンもあっていいのでは!?

 

 皆で走ることを楽しむのもマラソン、その地形に合わせて走るのもマラソン、勝負にかけるのも記録狙いもマラソン……。

 さて、新しい時代のマラソンはどうなっていくのか。

 コロナ後のマラソン界を楽しみにしたい。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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