プロ野球の春季キャンプは2月1日に始まったかと思えば、早いものでもう打ち上げの時期です。ここからは各チーム、実戦を重ね、開幕に向け調子を上げていきます。新型コロナウィルスの感染拡大の影響で無観客キャンプとなり、例年と異なりスタンドはガラーンとしていますが、グラウンドから伝わってくる熱気はいつもどおり。開幕が待ち遠しいですね。今回も球論にお付き合いください。

 

 天理センバツと田中楽天

 先月のコラムの締め切り後に大きなニュースが立て続けに飛び込んできました。まずは母校・天理のセンバツ出場です。

 

 これは正直言って驚きました。近畿の出場枠は6校で、天理は近畿大会ベスト8止まり。ベスト8から2校が落選ですから、天理は大阪桐蔭に負けているし、地域性を考えても奈良から2校は難しいか、と。それが蓋を開けてみれば、近畿6枠目に滑り込んで出場決定! 県大会で智弁学園を下して優勝したのが評価されたのでしょうか。とりあえずOBとしてホッとしています。

 

 今年の天理はエース達孝太を中心にした固い守備と、攻撃陣はパンチのある打者が多く、つないでいってビッグイニングを作る野球です。達は長身(身長193センチ)から投げ下ろすストレートとフォークが持ち味。素材は抜群ですし、調子が良いときはフォークが鋭く落ちます。1年夏からベンチ入りをして、昨季はセンバツが中止になり、甲子園は夏の交流試合で1イニング投げただけです。実質、このセンバツが聖地デビュー。どんなピッチングを見せてくれるのか楽しみにしています。

 

 もうひとつのニュースは、各所で話題となりいささか旧聞に属しますが、田中将大が東北楽天に8年ぶりに復帰しました。コロナ禍で沈みがちなスポーツ界にとって久しぶりに明るい話題です。

 

 野村克也さんが楽天の監督時代、「マー君、神の子、不思議な子」と言っていました。震災10年という節目での日本球界復帰はまさに「神の子」。相変わらず「持っているな」という感じです。

 

 これはTwitterに書いたことですが、将大というと13年春の久米島キャンプを思い出します。キャンプでは朝の散歩で順番で声出しをします。ある日、将大が担当になった。それで彼は久米島の浜辺でこう叫んだんです。

 

「今シーズン、パ・リーグの主役は俺たち楽天イーグルスだぁー!!」

 

 聞いた瞬間、ゾクゾクと体に電流が走ったような気分でした。「日本一になるぞ」という決意表明だったんでしょう。その年、楽天は将大の言葉通り、日本一になりました。

 

 日本復帰の記者会見では「楽天の日本一、それと金メダル」と目標を口にしました。五輪が1年延期になり、そこで日本に戻ってきたのも縁なのでしょう。今年は将大を中心に野球界が回りそうですね。楽しみですよ。

 

 さて、春季キャンプの話題です。例年のように現地取材というわけにはいきませんが、できるだけ情報をチェックしています。「特守」という言葉を聞くと、ノッカーとしての血がウズウズと騒ぎますね(笑)。

 

 ただ、私は左右に打球を散らすノックはあまり好きではありませんでした。あれはノッカーの自己満足だと思っています。というもの左右に振ってばかりだと選手はボールを止めるだけになってしまいます。もちろんそうした球際の強さも重要ですが、そういうノックはキャンプ中に1回だけ。選手に「今日は泥だらけになろうか」と言って、それで左右に厳しいノックを浴びせます。基本的にノックは正面の打球を足を使って捕り、スムーズに送球するところまでがセットです。

 

 コーチの私は正面の打球を毎日、毎日ノックし、選手は足の運び、グラブさばき、ボールの握り変え、スローイングを徹底して身につけていきます。俗に「1000本ノック」と呼ばれていますが、これは日本独特のものでしょうね。数をこなすことで達成感、そして体が動きを覚え、グラブがスッと出せるようになるんですよ。

 

 私がコーチをしていた時代、同じパ・リーグにボビー・バレンタイン監督(千葉ロッテ)がいました。ボビーは日本に来て初めて1000本ノックという練習を知ったらしく、「なんじゃそりゃ?」という反応だったそうです。まあそりゃそうでしょうね。人づてに聞いたところでは、その後「どんなものか実際にやってみよう」とボビーも1000本ノックを受けたそうです。オープン戦の試合前に50本ずつ。20試合で計1000本というわけです。それで1000本を達成したボビー、終わった瞬間に「これか!」と思ったそうです。達成感があり、確かに体の力が抜けて打球に対し自然と体が反応した、と。

 

 練習方法は人それぞれですが、プロでも小中学生でも基本は同じです。銀次にはキャンプで朝と夕方、30分ずつ特守を行いました。でも打つのは正面の簡単なゴロだけ。それを毎日繰り返した。松井稼頭央には西武時代、練習の合間でいいからやってみろ、と壁当てを勧めました。フェンスにボールを当てて、それを捕る練習です。左右に振りたければ、自分で投げる角度を変えればいい。そして捕るときに顎を2センチ引く、ということも教えました。「ボールを見ろ」というと固くなるので「2センチ、アゴを引け」と。

 

 この壁当ても単純な練習ですが、楽天のコーチに就任して稼頭央と再会したら、壁当てを続けていましたよ。当時、メジャーも経験して超一流になっていたにも関わらず、ですよ。

 

 キャンプで守備コーチは1日800本くらいノックを打ちます。中継などで見かけるボールケース、あれ1箱に130球くらい入っています。1日で6、7箱打っている計算ですね。打撃コーチには「お前、よう打てるなー。しんどいやろ」と感心されるんですよ。でも守備コーチからすれば、打撃コーチの方が大変です。だって彼らは1日中、ケージの横で立ったままですから。こっちは体を動かしている分、楽ですよ。「いや、そっちの方がしんどいやろ」と思っていたもんです。

 

 最後にひとつ付け加えておきましょう。キャンプというのはシーズン中はできない練習をする場所です。それにはダイビングキャッチやスライディングも含まれています。さっき「今日は泥だらけになろうか」という練習もそうですが、その前に、ダイビングキャッチの練習は芝生の上でやっておくんですよ。ボールを手で放って、それを低い姿勢で捕る。スライディングも一緒です。柔らかい芝の上で左右どちらでも滑れるように練習する。これは毎日やりました。

 

 そうじゃないと試合でいきなりやると、これらのプレーはケガをするんですよ。飛び込む感覚を体に染み込ませておくのが大切です。これはプロだけでなく少年野球、高校野球などみんなそうです。アマチュアの皆さんはケガに気をつけて、うまくなっていってください。では、また来月。

 

<鈴木康友(すずき・やすとも)プロフィール>
1959年7月6日、奈良県出身。天理高では大型ショートとして鳴らし甲子園に4度出場。早稲田大学への進学が内定していたが、77年秋のドラフトで巨人が5位指名。長嶋茂雄監督(当時)が直接、説得に乗り出し、その熱意に打たれてプロ入りを決意。5年目の82年から一軍に定着し、内野のユーティリティプレーヤーとして活躍。その後、西武、中日に移籍し、90年シーズン途中に再び西武へ。92年に現役引退。その後、西武、巨人、オリックスのコーチに就任。05年より茨城ゴールデンゴールズでコーチ、07年、BCリーグ・富山の初代監督を務めた。10年~11年は埼玉西武、12年~14年は東北楽天、15年~16年は福岡ソフトバンクでコーチ。17年、四国アイランドリーグplus徳島の野手コーチを務め、独立リーグ日本一に輝いた。同年夏、血液の難病・骨髄異形成症候群と診断され、徳島を退団後に治療に専念。臍帯血移植などを受け、経過も良好。18年秋に医師から仕事の再開を許可された。18年10月から立教新座高(埼玉)の野球部臨時コーチを務める。NPBでは選手、コーチとしてリーグ優勝14回、日本一に7度輝いている。19年6月に開始したTwitter(@Yasutomo_76)も絶賛つぶやき中。2020年東京五輪(1年延期)の聖火ランナー(奈良県)でもある。


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