それはそれ。これはこれ。

 

 なので、個人的には「さすがだな」と思った。IOCのバッハ会長が突然発表した中国からのワクチン供給提案について。

 

 IOCが中国のワクチン外交に利用されている、という見方もある。ごもっとも。ただ、個人的には、いやいや、会長サマをナメたらいかんよ、とも思う。

 

 大会組織委員会の森前会長とバッハさん、大変に親しかったという。バッハさんに言わせれば、森さんは兄のような存在なのだとか。例の発言が問題になった直後、バッハ会長が取った態度は、まさしくきょうだいを守るためのそれだった。

 

 ところが、欧米メディアやスポンサーが騒ぎ始めると、ドイツ人の弟は血肉を分けたはずの存在をあっさりと切り捨てた。で、その後は見向きもしくなった。

 

 それはそれ。これはこれ。

 

 という御仁である以上、わたしは思うわけです。たとえ中国がどんな思惑を持ってワクチン接種を提案してきたにせよ、いざ欧米メディアやスポンサーがウイグルや香港の問題について騒ぎ始めれば、いとも簡単に中国を切り捨てるはず。ワクチンだけもらって、あとは知らんぷり。

 

 五輪の精神に反する発言を理由に兄に引導を渡した人間ならば、きっとそうする。いや、そうしなければこれまでの行動や発言との整合性が取れないでしょ。

 

 さて、いま日本のサッカー界を騒がせているのが月末に行われることが決まった日韓戦。日本はもとより、韓国側でも「やるべきではない」という声がやたらと目立っている。

 

 気持ちはまあ、わからんでもない。ここ最近の両国の国民感情ときたら、最悪だったころのドイツと近隣諸国との対立感情並みに刺々しく感じられる。あちらは時間の経過とともに棘が消え、いまではすっかり円滑な関係になったようだが、こちらは日々、悪意の棘が双方に芽生えまくっている。

 

 実をいえばわたし自身、長く抱いてきた隣国への親近感をここ数年で完全に喪失してしまったのだが、それでも、というかだからこそ、この日韓戦はやるべきだと思う。

 

 理由は簡単。日本とやる時の韓国は、超一流国並みに厄介な相手だから。おまけにこのご時世、いつも以上に負けられないという気持ちで臨んでくるはずで、公式戦に匹敵する強度と重圧を体験できるから。世界中で痺れるような公式戦が中断されている中、ここで決戦の空気を味わえるのはアドバンテージたりえると考えるから。

 

 そして何より、スポーツに政治を持ち込むべきではないと考えるから。政治がスポーツを利用しようとするのはともかく、スポーツが政治を理由に判断を下すべきではないと思うから。

 

 31年前の春、欧州選手権を間近に控えたイングランドは、強化試合の相手としてアルゼンチンを選んだ。W杯メキシコ大会におけるマラドーナ5人抜きの前日談としても知られるこの試合が行われたのは、フォークランド紛争が勃発する1年10カ月前のことだった。

 

 政治は政治。スポーツはスポーツ――とわたしは思う。だから、日韓戦の実現に動いた方々を断固として支持する。

 

 ただ、日韓両国のメディアでは、ネットの声を紹介するだけで、表立って賛成する声も反対する声も出てきていない。その姑息さが、いまは一番腹立つ。

 

<この原稿は21年3月18日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


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