いよいよ2008年がスタートしました。今季も多くの日本人選手がMLBに挑戦します。日本のプロ野球から海を渡り、初挑戦するのは投手では黒田博樹(ロサンゼルス・ドジャース)、小林雅英(クリーブランド・インディアンス)、薮田安彦(カンザスシティ・ロイヤルズ)、福盛和男(テキサス・レンジャーズ)、野手では福留孝介(カブス)の5選手です。
 4人の投手陣の中で最も注目を浴びているのが、黒田投手ですね。当初、黒田投手には数多くのメジャー球団から声がかかったようですが、彼が選んだのはドジャースでした。提示された年俸の金額だけを見れば、ドジャースよりも条件のいい球団はあったはずです。しかし、彼は年俸よりも環境面を重視していた。だから温暖な気候の西海岸を本拠地とするドジャースを選んだのでしょう。

 黒田投手がメジャーで成功するために重要なポイントは、日本に比べて硬さのあるマウンドにどれだけ早く慣れることができるか、だと思います。
 実は日本でもマウンドの硬さは球場によって多少異なります。また、セ・パ両リーグを経験した選手から聞いた話では、パ・リーグよりもセ・リーグの方が若干柔らかいのだそうです。そのなかでも、特に甲子園と広島市民球場は最も柔らかいと言われています。

 マウンドの硬さが異なることで、最も影響するのがリリースポイントです。リリースポイントがほんの少しズレるだけで、自身のピッチングが狂ってしまう。ですから、マウンドに早く慣れることはピッチャーにとって非常に重要な要素の一つなのです。

 もちろん、マウンドの硬さだけを活躍の要因にすることはできません。しかし、昨季メジャーデビューした松坂大輔投手(ボストン・レッドソックス)と井川慶投手(ニューヨーク・ヤンキース)があれだけ成績に開きができたのは、それが原因の一つとも考えられるのです。

 報道によると、黒田投手はドジャースタジアムのマウンドに立った際、「思った以上に硬い」と感じたようです。日本の球場の中でも柔らかいマウンドの広島市民球場に慣れ親しんだ黒田投手にとっては、最初の関門と言えるかもしれませんね。

 黒田投手の持ち味は、内角をどんどん攻めていける精神的な強さと、ストライクをどんどん狙っていくテンポの良さです。ただ、これがマイナス要因になり得る可能性もあります。ストライクを取りにいく積極性は単調なピッチングにもなりやすいからです。どんなに速いボールでも、キレのいい変化球でも一本調子になってしまえば、メジャーのバッターはすぐに対応してきます。黒田投手には単調になることだけには気をつけ、自分のスタイルを貫いていってほしい。そうすれば、メジャー1年目で2ケタは十分に勝てるピッチャーです。活躍が楽しみですね。

 また、周知のように野茂英雄投手がメジャー復帰を目指して米国の地に戻ってきました。彼がロイヤルズとマイナー契約を結んだというニュースを聞いた時、僕は嬉しくてたまりませんでした。39歳という年齢だけを考えれば、日本球界では受け入れる球団はないでしょう。しかし、実力さえあれば誰でも挑戦することができるのがメジャーリーグ。ケガさえしなければまだやれる、と信じていた僕にとって、彼にチャンスが与えられたことは何よりのニュースでした。

 契約にリリーバーとして登板した場合の出来高も含まれていることからも、先発だけでなく、大事な場面での中継ぎや抑えとして起用されることも十分考えられます。もちろん、野茂投手自身には未だ先発としてのこだわりは持っていると思います。しかし、彼の一番のこだわりはメジャーのマウンドに立つこと。もし、リリーバーとして起用されても、彼なら自分に与えられた役割をしっかりとこなすことでしょう。それが先発復帰への道となることもあり得るのですから。

 2006年に手術した右ヒジの状態が気になりますが、不安要素があれば、ロイヤルズもわざわざ39歳の選手と契約は結ばないでしょうから、おそらく大丈夫でしょう。開幕でのメジャー昇格は難しいかもしれません。しかし、ファンには1シーズンという長い目で彼を見ていて欲しいと思います。どんなかたちであれ、彼はメジャーのマウンドに戻ってくる。私はそう信じています。

 そしてもう一人、メジャーに再挑戦する選手がいます。元阪神の藪恵壹投手です。藪投手は05年に海を渡り、アスレチックスで主にセットアッパーとして40試合に登板。4勝1セーブを挙げましたが、翌年開幕前に戦力外通告を言い渡されました。その後はメキシカンリーグでプレーしていましたが、昨年はアリゾナ州で自主トレーニングを続けていたようです。
 その藪投手が昨年暮れにサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだのです。なんでもトライアウトではいきなり150キロのスピードをマークしたとか。今後の活躍が期待できます。

 彼は内角をズバッと攻められる強気のピッチングが持ち味です。しかし、メジャーのストライクゾーンは日本に比べて内角に厳しく、外角に甘い。ですから、メジャーリーガーは平気で内角球を見逃します。ストライクが欲しいピッチャーとしては、外角に投げざるを得ません。そうすると、バッターは「待ってました」とばかりに打ちにきますから、ピッチャーはとまどいが生じ、どう攻めていいかわからなくなってしまいます。おそらく、藪投手も同じことを感じたのではないかと思うのです。
 しかし、藪投手は本来コントロールのいいピッチャーですから、自分のピッチングを信じ、内角をどんどん攻めていってほしいと思います。

 野茂投手も藪投手も、私と同じ39歳ということもあり、個人的にはこの2人の活躍が何より楽しみです。2人がメジャーのマウンドに立つ日がくることを願ってやみません。


佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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