「代表選手として、メンバーに残り、戦っていくメンタル面が弱かったのではないかと思います。“もっとやりたい!”“もっと自分はできるのに”と悩みました。だけど、そこで自分を変えられなかったからこそ、結果もついてこなかった。難しい1年でした」

 愛媛FCレディースの大矢歩は、そう2018年を振り返る。このシーズンは前任の川井健太氏から現監督の赤井秀一氏に指揮官が代わった。チームもなでしこリーグ(日本女子サッカーリーグ)2部で前年3位から3つ順位を落とし、6位に終わった。

 

 調子の上がらないチームに、彼女も引っ張られたところがあるかもしれない。だが大矢は、その責任を自分に向ける。

「でも原因は自分自身にあり、もっともっと貪欲に、ガムシャラになるべきでした」

 

 迎えた19年のシーズンは、開幕2戦目で先発落ちするなど、序盤は苦しんだ。それでも4試合目に初ゴールを奪うと徐々に調子を上げていった。

「前半戦はあまり試合に出られない時間もありました。悔しい気持ちをバネにし、“次に”という思いでした。昨季はうまくいかない1年だったので、同じことを繰り返さないようにしたかった。自分が試合に出た時は“得点でチームに貢献したい”と思っていました」

 

 モヤモヤを引きずらない――。前シーズンの反省を生かし、前向きに、直向きにプレーした。大矢もチームも好調をキープし、混戦の優勝争いに加わった。

 

 このシーズンのなでしこリーグ2部は、最終節を迎えた時点で3チームに優勝の可能性があった。17節終了時点で1位・愛媛FCレディースは勝ち点35、2位のセレッソ大阪堺レディースと3位のオルカ鴨川FCが同32で追いかけていた。勝ち点差は3。1位が1部へ自動昇格、2位は入れ替え戦へ臨むことになる。

 

 結果次第で順位が入れ替わる運命の最終節は10月26日、愛媛FCレディースのホーム愛媛県総合運動公園球技場で行われた。3位のオルカ鴨川との直接対決に大矢はスターティングメンバーに名を連ねた。

 

 前半の45分間はスコアレス。愛媛FCレディースはチャンスをつくりながら無得点に終わったことに、焦りはなかったという。

「ハーフタイムはそんなに悪い雰囲気ではなく、自分たちがボールを持てていた。たぶん後半は相手が落ちてくるだろう、と。焦れずにボールを動かし、最後のチャンスを決めようと考えていました」

 

 そして後半13分。貴重な先制点を決めたのは大矢だった。中央でボールを持ったFW上野真実がペナルティーエリア内左のMF山口千尋にパス。山口が放ったシュートはゴール右に逸れたが、結果的にこぼれ球を狙っていた大矢への絶好のパスとなった。

 

「当てるだけでした」。右足で落ち着いて流し込むと、愛媛FCレディースのサポーターたちが大きく沸いた。振り返って、大矢は語る。

「相手にもプレッシャーを与えられたと思いますし、得点という部分でサポーター全員とひとつになれたんです。点を決めた時、皆さんが、立ち上がって喜んでくれた。この試合は1200人以上のお客さんが来てくれました。自分たちがプレーしていて味方の声が聞こえないと感じたのは初めて。それほど声援が大きく、すごく力になりましたね」

 

 5分後に追いつかれてはしまったが、逆転までは許さなかった。オルカ鴨川に攻め込まれ、ヒヤリとする場面もあった。

「本当にディフェンスのみんなが身体を張ってくれました。自分たちも、退かずに攻めて“もう1点”という気持ちでした。結構危ないシーンもあったのですが、相手のシュートが運良く外れるなど本当に何かが味方してくれたような感じでした」

 1-1でタイムアップ。この瞬間、愛媛FCレディースの2部優勝と1部昇格が決まった。チーム創設9年目にして初の快挙。大矢もチームメイトと歓喜の瞬間をピッチで迎えた。

 

“もっとできるはず”

 

 このシーズン、大矢は17試合に出場し、リーグ5位タイの7得点を挙げた。シュート成功率は35%を記録した。3本シュートを打てば1本はゴールになる計算だ。この数字は18本以上のシュートを打った選手の中でリーグトップである。

「シュート練習はしましたが、特に変えたことはあまりありません。力まないことを意識したぐらいです。自分だけのゴールではないんです。味方が繋いでくれたのを最後決めるだけというシーンが多かった。その意味では、チームみんなで獲った得点だと思っています」

 

 昨シーズンは、チームにとっても自身にとっても初の1部挑戦となった。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、開幕は約4カ月ずれ込んだ。愛媛FCレディースは3勝3分け12敗で10位に終わった。

 

「チームのスタイルであるボールを保持することがなかなかできず、守備の時間が多かった。それでも日を重ねるごとに良くなっていった実感もありました」

 12の勝ち点以上に、手応えを掴んだ。大矢個人はどうだったのか。

「自分自身も1年間戦ってみて、“敵わないな”と思うことはなかった。むしろ“もっとできるはず”と感じました」

 

 10チーム中10位。従来なら降格の憂き目に遭っていたが、WEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)の創設により、なでしこリーグも改編となった。そのため、愛媛FCレディースは1部に残留した。昨シーズン戦った強豪チームの多くがWEリーグに流れた。だからこそ今シーズンは負けられない思いもひとしおだろう。愛媛FCレディースが目指すのは優勝だ。

 

 今季は第5節を終えた時点で3勝1分け1敗で3位につけている。第4節までは負けなしだったものの、4月24日の第5節、スフィーダ世田谷FCで0-4と大敗を喫した。

「この結果をしっかりと受け止め、次に繋げるために細部にこだわらなければいけません。自分たちのやるべきこととスタイルは変わらないので、質を高めて勝利を目指します。個人としてはもっと得点にこだわって勝利に貢献したい」

 

 大矢自身は5試合全てにスタメン出場しているが、得点は1だ。得点王獲得を目標に掲げる以上、物足りなく映る。

「もっと動いて、ボールをもらい、攻撃のチャンスを増やしたい。積極的にゴールを狙っていきたいです」 

 

 彼女の奮起に期待する者は少なくない。阿久根真奈コーチはこう発破をかける。

「本当はもっと仕掛けるタイプ。ここ数年、消えてしまっている。彼女の良さはそこにある。愛媛FCレディースの良さを理解しながらも、自分の良さをもっと出していってほしいと思いますね」

 

 本来はフォア・ザ・チームのプレーヤー。本人は闇雲にシュートを打つことや、無鉄砲に仕掛けることは望んでない。だが、「エゴイストな部分が弱い」ということはFWとしての弱みになりかねない。大矢の得点力アップはチーム浮上のカギを握る。

 

 そして、自らの殻を破ることで、18年以来遠ざかっているなでしこジャパン(女子サッカー日本代表)入りへのアピールにも繋がるはずだ。

「サッカー選手である以上、代表は目指しています。オリンピックやW杯に出場したい気持ちはあります」

 

 彼女は再び日の丸を背負うことを諦めていない。闘志を表に出すタイプではないが、その話しぶりに強い決意が滲んでいた。

 

(おわり)

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大矢歩(おおや・あゆみ)プロフィール>

1994年11月8日、群馬県生まれ。小学4年でサッカーを始める。小学生時はFC笠懸84、中学・高校時には群馬FCホワイトスターと地元のジュニアチームに所属した。また小学3年時から高校2年時まで桐生スケートクラブにも在籍し、スピードスケートとの“二足の草鞋”を履いていた。高校2年の夏、ドイツのデュイスブルク行きを機にサッカーに専念。高校卒業後は愛媛の環太平洋大学短期大学部に進学した。愛媛FCレディースに加入し、1年目から出場機会を得た。その後は主力として活躍。19年、なでしこリーグ2部優勝、1部昇格に貢献した。日本女子代表(なでしこジャパン)には17年初招集され、9試合に出場した。ポジションは主にFW、MF。背番号7。身長160cm。利き足は右。

 

(文/杉浦泰介、写真/©EHIMEFC)

 


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