02年W杯日本代表の監督を務めたトルシエによると、あの大会における誤算、あるいは悔いは、1次リーグを1位で突破してしまったことだという。

 

「おかげで我々は、陸上トラックのあるスタジアムでトルコと戦わなければならなくなった。最低限の目標をクリアして安堵している選手たちからすると、気持ちを奮い立たせるのが難しい状況だった」

 

 心底悔しそうに彼は言ったものだ。

 

「2位で突破していたら、会場は神戸で、相手はブラジルだった。結果はともかくとして、選手たちはもっと胸を打つ試合をやってくれたと思う」

 

 数あるスポーツの中で、サッカーはホームアドバンテージが非常に大きいスポーツの一つである。陸上トラックという余分なスペースがある競技場より、専用競技場の方が相手に与える重圧が大きいのは言うまでもない。果たして、02年の日本代表にブラジルとやり合えるだけの力と自信があったかどうかはともかく、トルシエの言葉に思わず納得してしまったことを思い出す。

 

 基本的に無観客で行われる東京五輪のサッカーでは、開催国が享受できるアドバンテージは通常の大会より大幅に小さいものとなる。試合以外の時間で感じるストレスの有無や会場に対する慣れなどはあっても、苦しい時に自分たちを支え、また相手を委縮させてくれる声援はない。

 

 先日のスペイン戦のあと、吉田麻也は観客のいないスタジアムで戦わなければならない無念さを訴えたが、どうやら、いまのところ世論が動いた気配はない。選手たちとは関係のないところで、大会を司る人たちがこれ以上ないというぐらいに日本国民を憤慨させ、しらけさせてしまったからだ。

 

 ただ、わずかではあるが、ホームアドバンテージをえた上で戦える可能性は残されているように思う。

 

 日本男子が入ったA組も、女子が入ったE組も、1位で突破すれば続く準々決勝の会場はカシマ――大井川知事が子供たち限定で観客ありの開催を決めている茨城会場なのだ。

 

 もっとも、現状では観客を入れて試合を行うのは昼間だけということになっており、午後6時キックオフが予定されている準々決勝はおそらく、アウトということになるだろう。

 

 地元の声として、子供たちであっても人が集まるのは困る、という声が多数派なのであれば、強行すべきではない。ただ、スタンドで選手を後押ししたい、子供たちに一生で一度の地元五輪をみせてあげたいと考える方が一定数いるのであれば、携わる人たちは動く準備をしておいてほしい。

 

 1年ほど前から、IOCや大会組織委員会の世論に対する無神経ぶりには驚かされるばかりだった。その本質が変わったとはとても思えない反面、不祥事が起きるたびにみせる彼らの反応は、確実に世論を意識している。一度は出場を辞退させられた野球部がサヨナラ勝ちで初戦を突破できたのも、世論のうねりが一因だったように思う。

 

 ならば、日の丸をつけて戦う選手たちには、世論を動かす戦いをみせてほしい。まずは1次リーグ1位を獲得し、カシマに子供たちを、とのムーブメントを巻き起こしてほしい。分の悪い戦いではあるが、可能性は、ゼロではない。

 

<この原稿は21年7月22日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


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