恥ずかしながらWBGTという言葉を、最近、初めて知った。<Wet Bulb Globe Temperature>。環境省が公開している熱中症予防情報サイトによると、<熱中症を予防することを目的として1954年にアメリカで提案された指標>のことだという。

 

 運動に関する指標は、①ほぼ安全②注意③警戒④厳重警戒⑤運動は原則中止の5つに区分され、⑤は特別の場合以外は運動を中止する。特に子どもの場合には中止すべき、との注意書きが添えられている。

 

 もちろん五輪は「特別の場合」だから、「運動を中止する」必要はないのだが、今回は選手側から異議申し立てが相次いだ。男子のテニスではノバク・ジョコビッチに続いてダニール・メドベージェフも試合開始時間の変更を求めた。「死んだら責任を取れるのか」。究極の啖呵だ。7月29日の試合開始時間は午前11時から午後3時に変更された。

 

 5日の午後、サッカー協会関係者から電話が入った。「明日の女子の決勝は猛暑を踏まえ、開始時間が変更になるようだ」「今から間に合うのか?」。時間は午前11時から午後9時に変更され、スタジアムも変わった。このあおりを受けるかたちで男子の3位決定戦は2時間繰り上げられた。

 

 猛暑は東京に限った話ではない。7日、札幌で行われた女子マラソン。スタート時間が午前7時から6時に、1時間の繰り上げが決まったのは11時間前。猛暑だけが原因ではあるまいが15人が棄権した。翌日の男子マラソンでは全出場者の3分の1近い30人が完走できなかった。

 

「なぜ、こんなに暑い時期に五輪をやるの?」。小学生にそう聞かれ、彼らが納得する答えを返せる大人がいるだろうか。「それは大人の事情」。そうとでも言うしかあるまい。

 

 五輪憲章にはIOCの役割について、次の記述がある。<選手への医療と選手の健康に関する対策を促し支援する>。確かにIOCはIFや組織委と連携しながら対策を促し、支援した。会場を変え、時間もずらした。しかし災害級の猛暑の前には焼け石に水だった。

 

 2年前、マラソンと競歩の開催会場が東京から札幌に変更された際、小池百合子都知事はこう警告した。「北半球のどこをとっても過酷な状況になるのではないか」。北半球から夏季五輪が消える? 3年後はフランスのパリ。一昨年の7月には42.6度を観測している。コロナは去っても猛暑は消えない。

 

<この原稿は21年8月11日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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