他の競技はいざ知らず、ことサッカーだけは、早く始めるに越したことはない、と思っていた。他のスポーツを並行してやるのは一向に構わない。ただ、繊細なタッチを身につけるためには、できるだけ早い段階から、できるだけ多くボールに触れる機会をつくるしかない、と思っていた。

 

 連載中の「我が道」で、風間八宏さんがサッカーを本格的に始めたのは小学校の高学年だった、という事実には驚かされたが、それでも、これは極めつきの例外と思い込むことで自分を納得させた。

 

 もちろん、長い歴史の中には、風間さんよりさらに遅い時期に本格的にサッカーを始めた日本代表選手もいないわけではない。

 

 ジェフ市原などで監督を務められた清雲栄純さんは、高校時代、全国高校ラグビー選手権に出場し、大会のベスト15にも選ばれている。比較的近いところでは、W杯ドイツ大会の日本代表だった巻誠一郎さんが、高校1年生の時にアイスホッケーの熊本県代表として国体に出場した例がある。

 

 清雲さん、巻さんに共通しているのは、恵まれた体格と運動神経である。そのあたりや空中戦での強さはどちらもピカイチだった。

 

 ただ、巻さん自身が「利き足は頭」と公言していたように、どちらも器用なタイプではなかった。釜本邦茂さんに空中戦で挑みかかっていく清雲さんの姿には華があったが、同じ華をフィードに求めるのは、失礼ながらいささか無理があった。

 

 だが、そんな個人的な常識を根本から覆してくれそうな選手が現れた。U-22日本代表に選ばれた尚志高の3年生、チェイス・アンリである。

 

 そもそも、22歳以下の代表チームに高校生が選ばれるというだけで相当に凄いのに、彼が本格的にサッカーを始めたのが中学に入学してからだという。

 

 身長1メートル87センチと、清雲さんや巻さんにも負けない体躯の持ち主である彼には、しかし、元日本代表の2人が持ち合わせていなかった能力がある。

 

 つまり、彼はパワフルでありながら、ある程度年齢がいってからサッカーに取り組み始めた選手に見られがちな、ある種の硬さ、不器用さがまったく感じられないのである。

 

 聞けば、3歳から9歳までアメリカで育った彼は、バスケットボールと並行する形でサッカーを楽しんでいたのだという。

 

 なるほど、アメリカであれば複数のスポーツを楽しむ環境はあるだろう。NBAの伝説マイケル・ジョーダンが野球に挑戦したのはまだ記憶に新しいし、ワールドシリーズとスーパーボウルの両方に出場したディオン・サンダーズのような例もある。

 

 ただ、サッカーの一流選手が二刀流に挑んだ、成功したという例をわたしは知らないし、中学生から本格的に始めたというチェイスがこのまま大成していけば、世界的に見てもかなりのレアケースということになる。

 

 大谷翔平の出現によって、投手と打者の両方で一流を目指すのはタブーではなくなった。アメリカのスポーツで二刀流が珍しくないのは、成功した先達がいたからでもある。

 

 サッカーは、いつ始めたってかまわない――そんな常識が広まっている未来が来るとしたら、立役者の一人は、おそらく、チェイス・アンリである。

 

<この原稿は21年10月28日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


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