北海道日本ハムの監督に就任した新庄剛志の“掟破り”は、阪神時代に世間を驚かせた敬遠球に飛びついてのサヨナラヒットだけではない。

 

 阪神からニューヨーク・メッツに移籍したばかりの2001年5月24日(現地時間)、本拠地のシェイスタジアムで“事件”は起きた。

 

 試合は2回にフロリダ・マーリンズが2点を先制したものの、メッツが3回に3点、5回と6回に4点ずつを追加し、勝負の行方はあらかた中盤で見えた。

 

 11対3と大量リードの8回、打席に立った新庄はアーマンド・アルマンザが投じた3ボールナッシングからのストレートを強振した。空振りに終わったが、新庄が一発を狙っていることは明らかだった。

 

 MLB、いや本場・米国の野球において、勝負がついてからの盗塁や、大量リードを奪っての終盤、ピッチャーがストライクをとりにくるとわかっている3-0からのフルスイングは、いわば“死者に鞭打つ行為”と見なされ、報復の対象となる。

 

 案の定、新庄が空振りした瞬間、マーリンズベンチからは「You Suck!(くそったれ!)」の罵声が飛んだ。危険を察知したメッツの主砲ロビン・ベンチュラは新庄に「オマエ、次は狙われるぞ。気をつけろ」と告げた。

 

 ベンチュラの予告通りだった。翌日のゲーム、3対0とマーリンズリードで迎えた7回、1死一塁の場面で打席に立った新庄は、気性の激しいブラッド・ペニーから左肩に死球を受けた。

 

 ここで登場したのがベテランのトッド・ジール。ペニーをにらみつけたまま打席に入り、左中間スタンドへ怒りの同点3ラン。ダイヤモンドをゆっくり回りながら、こう叫んだ。「That`s for Shinjo !」。この一発が効き、メッツは4対3でサヨナラ勝ちを収めた。

 

 試合後、興奮さめやらない表情で、新庄はこう語った。「オレがわざとぶつけられた後にジールの3ラン。これがチームワークって感じ。野球って楽しいですね」。

 

 胸がジーンとしたのはジールのセリフだ。「新庄はまだこちらに来て間もない違う文化を持った人間だ。それをターゲットにするなんて恥を知るべきだ!」

 

 かくもチームメイトに守られ、愛される理由は何か。2度ほどインタビューして感じたのだが、彼には邪気がない。打算も魂胆もない。勝負の世界の住人には珍しい、全く新しいタイプの「人格者」なのだ。「That`s for Boss !」。チームがそうなれば、しめたものだが……。

 

<この原稿は21年11月3日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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