(写真:1人で向き合って走る贅沢な時間)

 年始に知人たちと話していた時に、ふとこんな話で盛り上がった。

「走っている時になにを聴くか?」

 

 1人はトレイルランの大好きなアスリート経営者。

 その彼は時間を有効に使うために、ビジネス書などのオーディオブックを聞きながら縦走をしているとのことだった。

 

 また別の友人はアスリート系ビジネスマン。彼は好きな音楽を聴きながら走るのが心地良く、そのテンポなどが重要だという。

 世間的には音楽派が多いようだが、中にはオーディオブック系もいるようで、すれ違うランナーのイヤホンからは何が流れているのか気になるところだ。

 

 しかし、僕の答えは「なにも聴かない」。

 音楽はもちろん、イヤホンをするということがない。

 もともとカラダに何かつけて走るのが好きではないというのもあるが、何よりも走っている時は、自分と会話したいから。音楽やストーリーなどが外から入ってくるとそちらに意識が行ってしまい、自分との会話ができなくなる。これが嫌なのだ。

 

 マラソンやトライアスロンを長くやっていると、必ず聞かれるのが「長い時間動いている間には、何を考えているのですか?」という質問。そういえば村上春樹さんが著作の中で「こんな質問をしてくる人は走っていないからで、走っている人はそんなことを考えない」と述べていたが、その疑問を持つ人からすると数時間も同じことをやり続けている感覚が分からないのだろう。

 

 しかし、スポーツはTVの前でドラマを見ているのではない。ただ時間だけが経っていくわけではなく、心拍数が上がり、血が巡り、筋肉が稼働する。そんな状況ではカラダは様々な反応を見せ、脳に信号を送ってくる。僕はそれを聞くのを大事にしているし、その時間が貴重だと思っている。忙しい現代人は自分のカラダとじっくり向き合う時間が少なく、カラダがどんな状態にあるのか感じることも少ない。

 

 走ったり、泳いだり、自転車を漕ぐというような単純な動きを長く繰り返すような運動は、通常よりもカラダの変化に気付くことができ、まさにカラダとじっくり語り合える。「昨夜食べ過ぎたな~」「ちょっと寝不足で調子悪い」「右足の付け根の感じが良くないなぁ」など改めて向き合うと、いろいろと訴えてくるし変化も分かる。こんなチャンスを逃すなんてもったいないと思うのだが……。

 

 運動が脳の活性化に

 

 そして僕がランニング中に音楽などを聴かない、もう一つの理由は、頭の整理ができるということ。日常生活ではやらなければならないことや、考えなければならないことが山のようにある。また心配事や面倒なことも少なくない。そんな時も走っていると、少しずつ解きほぐされていくから不思議だ。順番が整理されたり、忘れていたやるべきことが思い出されたり、進むべき方向や考え方がひらめいたりする。

 

 まるで、もやもやした霧がどんどん晴れていく感覚を味わうことができる。決して解決するわけではないが、このスッキリ感は他では得られにくい。欠点は、走り終わるといいアイディアややるべきことをすぐに忘れてしまうこと!? だから走り終わって、“これは”と思ったら、すぐにメモを取らなければならない。

 

 昔、ある作家の方と走っていた時に、その方も「走っている時にアイディアが降りてくることがある」とおっしゃっていた。だけど走り終わったら忘れてしまうので、スマホを持ってすぐにボイスメモを録るという。この感覚と、僕の感じているもの

はきっと近いはずだ。

 

 こんな感覚を裏付けるような、研究や発表はこのところ多く、もっとも有名なのは『脳を鍛えるには運動しかない!』(NHK出版)の著者、ハーバード大学医学部のジョン・J・レイティ博士だ。運動すると、BDNFという物質が脳の中でさかんに分泌される。このBDNFが、脳の神経細胞(ニューロン)や、脳に栄養を送る血管の形成を促すことが明らかになったという。この「運動こそが脳を育てる」という理論は、京都大学の山中教授も指摘している。まぁ彼の場合は体感されているのだと思うが。

 

 そしてなにより、運動すると血行が良くなるわけで、カラダにたくさんの酸素が行き渡るように、脳にも血が巡り酸素が行き渡る。当然、脳が活性化するわけで、僕が感じていることは医学的にも当然なのだろう。

 

 こんな素敵な時間を、“音楽やストーリーに邪魔されてたまるか!”というのが私の持論である。

 

 もちろん、個人の考えや感覚もあるとは思うが、ぜひ一度イヤホンを付けずに走って欲しい。常に何かの情報に追いかけられている日常生活の中で、自分とだけ向き合う時間というのは、本当に贅沢な時間なのではないだろうか。

 

 さぁ、まずは明日の朝、スマホを置いて走り出してみませんか。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ


◎バックナンバーはこちらから