第137回 寅年生まれの「挑戦者たち」。こうして始まりました。

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 もうすぐ北京パラリンピックが開幕します。さて、パラリンピックの開催時期になると、頭に思い浮かべることがあります。それは大会が与える、ある“効果”についてです。

 

 先日、車いすを使用する知人とこんな話になりました。

「パラリンピックもパラスポーツもどちらかというと好き。パラリンピックは毎回テレビで観て応援しています。しかし、この時期になると、“あなたはスポーツをしないんですか?”と半ば責められるように、あるいは懐疑的に質問される。私はスポーツを観るのは好きだけど、するのは苦手です。パラリンピックが盛り上がると、どうして障害がある人はスポーツをするべきと思う人が増えちゃうんだろう。障害の有無に関係なく、スポーツを好きな人も嫌いな人もいると思うんですよ」

 

 そういえば、電動車いすに乗っている知人からはこんな話も。外出先で「もっと頑張って手漕ぎに乗れるようになれ!」と励まされ、「ひどく落ち込んだ」というエピソードでした。

 

 パラリンピックでの高いパフォーマンス、選手の躍動や輝きを見ると、ついつい障害のある人に“スポーツを好きになってもらおう”と思ってしまう“効果”があるようです。

 

 障害のある人が好きなスポーツに触れたり、チャレンジしたりできる環境が大事なのであって、そもそもスポーツが嫌いな人に「好きになれ」と言うのは、いささかご無体ではありませんか。

 

(写真:「挑戦者たち」第1回のインタビューは新田選手と荒井監督をゲストに迎えた)

 2003年からパラスポーツのウェブでの生中継を始めました。開設以降、アクセス数は微増していきました。嬉しいことですが、そのアクセス数が大きく伸びることはありませんでした。なぜかというと選手や関係者の周りの人に少しずつ広まっただけだったからです。

 

 そもそもスポーツ観戦に興味のない人に、「あなたの学校の人が選手で出場するから観て」と頼んでも、そうそううまくは広がりません。先のスポーツが嫌いな人に「好きになって」と頼んでいるのと同じです。

 

 何か手はないかと模索していると、ある日、気が付きました。パラスポーツ関係者、選手の知人など、スポーツ観戦に興味のない人を多く含む層に向かって「好きになって」とアプローチを続けるよりも、もともとスポーツ観戦が好きな人にお知らせすればいいのではないか、と。

 

 例えば、私のことに興味のない男性を追いかけてアプローチするより、私に興味を持ってくれている人を探したほうが、成功率(なんの?)は高いですよね。つい変な例えになってしまいました。

 

 そこで、アプローチの方法をガラッと変えました。スポーツファンが何を見ているか。それはテレビ中継、夜のスポーツニュース、ウェブでのニュースなどです。そこにはプロのコメンテーターの解説などが添えられています。これです。私は“スポーツ好きな人がよく見て聞いている、スポーツの専門家に私たちのサイトを応援していただこう!”と考えました。

 

 こうしてお迎えしたのがスポーツジャーナリストの二宮清純さんです。スポーツ好きな人が「二宮さんが“面白い”と言っている競技を見てみよう」となり、サイトの閲覧者が増えていったのです。

 

 身近な人に「好きになって」と強要するより、まったく違うところへ「もともと好き」な人を探しに行こう。

 

 そうやって12年前の寅年、2010年バンクーバーパラリンピック直前に、パラスポーツサイトの「挑戦者たち」は生まれました。気が付けば、あっという間に干支が一巡。今年は、ガラッと変わった世界が見える予感がしています。

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。
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