(写真:スタート地点の都庁前 ©TOKYO MARATHON FOUNDATION)

 3月6日の東京の街は久しぶりに活気に溢れていた。

 2年ぶりに開催された東京マラソン、いや一般ランナーが走る形としては3年ぶりの開催で、参加者の生き生きした表情と、応援者の温かいまなざしが街を彩っていた。

 

 まん延防止等重点措置の中で、大規模マラソンを開催することについて、様々な議論があったのは事実。主催者である東京都内でも賛否両論があり、結論が出るまでに紆余曲折あったようだ。

 

 感染拡大防止と社会生活の回復。この状況で100%の答えは誰にも分からない。

 感染拡大リスク、医療関係者への負担という懸念。が、開催することによって、閉塞感の打破、経済的な効果などで、社会への影響をもたらすことも予想される。そして最も大切なことは、なぜ大会を開催するのか。これを主催者がしっかりと説明することが、実は重要であったのではないかと思う。

 

 感染拡大を食い止めるということだけを考えるなら、すべての活動を停止し、家にこもっているのが確実だ。しかし、それでは社会が動かなくなる。どこまでその活動リスクを許容するのか。イベントはどんな形なら開催できるのかという議論。これに関してマラソンのような参加型スポーツイベントに関しては明確な指針がない。野球やサッカーなどの観戦スポーツではすでに数万人規模まで許容されており、さらに拡大されていく。

 

 では、野外で開催するマラソンのリスクはどうなのか? 実はこれに関して世界的に見てもほとんどエビデンスがないのが実情。ただ、様々な研究においては野外の活動であればリスクは限りなく低いことが分かっている。実際にマラソンイベントでクラスターが発生した、感染の広がりがあったという報告はない。濃厚接触者の定義で見ても、野外活動である上に、人と距離をとっていたり接近時間が短かったりもするのでリスクは低い。走っている最中はほぼ問題ないといえる。しかし、マラソンはスタートやフィニッシュではある程度の時間、至近距離に人が集まって滞留するわけで、そこへの対応が課題だった。

 

 また観戦者の問題もある。どんなにアナウンスをしても、やはりある程度人は集まるわけで、それをどのように考えるか。さらに、医療関係者への負荷も課題。マラソンというスポーツにおいて、医療面のバックアップは必要である。医療関係者への負担をどう軽減するのか……。そんな様々な課題に取り組んだのが今回の大会だった。

 

 大会では感染拡大防止のために、まずは感染者を参加させないという方針を徹底した。大会前2週間の健康管理、数日前には指定のPCR検査を義務付けた。検査機関まで決めた統一検査をこのような規模で開催するというのはあまり前例がない。検査費用はもちろん参加者負担。「検査キットをマラソンのために使うのはおかしい」という意見もあったようだが、2月から毎日4万回分の抗原検査キット配布を行っていたし、2月末の時点で東京都の行政検査では過不足なく進んでいたと思われる。

 

 スタート会場でもマスク着用、本人確認を徹底。加えて「荷物預かりサービス」をなくすなどの処置がとられ、リスクを減らす努力がなされた。この徹底した管理により参加者の負担は物理的にも経済的にも大きく増え、かなり不便なマラソンではあったが、参加者も大会開催の置かれている状況は理解していたので協力的だったという。ただ、スマホが多用されたために、使い慣れていない方にはかなりのストレスであったかもしれない。ともあれ、参加者の感染管理はかなりできていただろう。

 

 説明すべき開催意義

 

 観戦者は、一般通行者となるため、主催者でも強制的に管理できない中で、どのようにコントロールするのか。大会に魅力があればあるほど、人は出てきてしまう。本来なら有難いことなのだが、それが今は課題となる難しさ。一方で観戦自体にどこまでリスクがあるのか。マスクをするのは当然として、他のスポーツ観戦同様、極力大声を出さず、応援すればどうなのか? もしそれがハイリスクであるなら会場に数万人入れることも同じようにハイリスクになる。この辺りも正直なところまだエビデンスが不足している。もちろん今回の東京マラソンで大会側は観戦自粛を呼びかけてはいたが……。

 

 医療従事者に関して、今年は参加者全体を減らしたこともあり、例年よりも少ない配置となった。いつもは70~80人程度の医師が50人程度。それを東京都陸上競技協会の関係者を中心にドクターが手配されたという。ところで過去、どの程度のランナーが、病院にお世話になったのかを調べると、3万5000人が参加した2019年の場合で14人だった。1万9000人の今年はなんと2名! 関係者の話では、「今年の参加者は自己管理の意識が高く、事前管理のところから、非常に協力的でした」とのことだ。

 

(写真:車いすエリートの部も開催された ©TOKYO MARATHON FOUNDATION)

 やはり私が思う最大の課題は、この状況でなぜ大会を開催するのかを説明し切れていなかったという点だ。感染拡大防止を訴えている都が東京マラソンを開催する意義。2020オリンピック・パラリンピック大会の時と同様、その説明が大変重要だったのではないだろうか。

 

 とかく個人的な活動、個々の生活だけにフォーカスされる東京で、多くの方が同じものを見て、同じことに様々な角度から触れる機会は貴重で大切だ。参加者はもちろん応援者、ボランティア、街の人々が共有する経験。過去大会を見ても、街の人々が同じもので盛り上がれる連帯感を見ることができた。大都市でのこうしたつながり、盛り上がりは「お祭り」に通じるものがあり、なかなかつくり出すことができない。特にコロナで人と人とのつながりが気薄になり、閉塞感が漂ういまだからこそ、人のエネルギーを感じる瞬間が大切となる。こうした価値を主催者からもっと訴えるべきではなかったか。

 

 さらに、今回行った大規模PCRの結果や、開催後の参加者状況を追い、感染状況にどのような影響があったのかなど、大規模マラソンと感染に関してのデータをしっかりと残すべき。前例のないデータは今後の大規模イベント開催に有効活用できるはずだ。

 事実、東京マラソンの開催決定後、各地のマラソン関係者から多くの問い合わせがきたようだ。開催決定した大会も増えてきて、間違いなくなんらかの影響はある。その意味では、国内のスポーツイベント業界にとっての大いなる挑戦であり、一つの分岐点となったのかもしれない。

 

 今後も、様々な社会活動と、感染拡大防止の議論は続く。誰にも完全な正解が分からない中で、どうバランスを取っていくのか。引き続き議論し、前に進めていかなければならない。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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