西田優大(シーホース三河/徳島県海部郡海陽町出身)第3回「名門校で形成された“3&D”」

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 福岡大学附属大濠高校-東海大学という西田優大(シーホース三河)のプロ入り前の経歴を見ると、エリートコースを歩んでいるように映る。いずれもBリーガーをはじめ、日本代表を多数輩出している強豪。西田自身もその例に漏れずBリーガーとなり、日本代表という道を辿ってきた。

 

 とはいえ、西田は順風満帆なバスケットボール人生を送ってきたわけではない。中学時代までは全国の舞台を踏んだことすらなかった。「同期の中で全国に出ていないのは自分ぐらい」。福岡での高校生活はそのエリートたちに挑むところからスタートした。

 

 中学3年時にU-16(U-15)日本代表の第3次強化合宿に参加した西田とはいえ、全国屈指の強豪・福岡大大濠でレギュラーの座を掴むのは容易いことではなかった。彼のプレーするSGには2学年上のキャプテン鳥羽陽介、1学年上の牧隼利(現・琉球ゴールデンキングス)らがおり、「先輩方と練習ではマッチアップする。先輩たちに引き上げられることで成長できた」と西田は振り返る。

 

 先輩、同期に揉まれて、徐々にプレータイムを増やしていった。片峯聡太監督の指導でフォームを改善するとシュートも安定した。自らのシューターとしての役割を確立するため、「めちゃくちゃ打ち込みました」と努力を惜しまなかった。福岡大大濠の舞鶴寮は、体育館と隣接しており、バスケ漬けの日々。自主練でもシュートを打ち込み続け、それが現在のスリーポイントシュートとディフェンスを得意とする“3&Dプレーヤー”の“3”の部分を磨いたと言っても過言ではないだろう。

 

 しかし自身の成長とチームの結果は伴わなかった。1年時は全国高校総合体育大会(インターハイ)優勝、全国高校選抜優勝大会(ウィンターカップ)準優勝を経験したが、2年時はいずれも2回戦敗退に終わった。チームのエースとなった3年時は、インターハイ1回戦、ウィンターカップ2回戦で大会を去った。この年は夏にイラン・テヘランで行われたFIBA U-18アジア選手権大会に日本代表として出場し、得点源の1人として準優勝に貢献したが、福岡大大濠ではチームを上位に導くことはできなかった。

 

“心の山”と“技術の山”

 

 高校卒業後は、関東の東海大進学を選んだ。PF/C竹内譲次(現・大阪エヴェッサ)、SG田中大貴(現・アルバルク東京)ら日本代表を多数輩出し、当時の時点で全日本大学手権大会(インカレ)4度優勝を誇っていた。西田は東海大を強豪に育て上げた陸川章監督の指導を受けたかったからだ。それは福岡大大濠を選んだ時と同じ「バスケが上手くなりたかった」という思いに依るものだろう。加えて、こんな理由も。

「中学時代の恩師が陸さんの大ファンだった。“大学で活躍することが恩返しにもなる”と思い、東海大を選びました」

 

 2017年の春、3年間過ごした福岡から神奈川へ。西田は更なる成長を目指した。

「陸さんにはよく『“心の山”と“技術の山”を登りなさい。その先に“チャンピオンの山”が見えてくる』と言われました」

 

 西田にとって東海大時代は“心の山”を登ることが多かったのではないか。1年時のインカレ前に腰を痛め、3年春には右足をねん挫。「ケガなく過ごせたのは4年のシーズンくらい」と言うほど、ケガに悩まされたからだ。2020年以降は新型コロナウイルス感染拡大により、他のスポーツ同様、活動を制限された。大学4年間はバスケをやりたくてもできない日々が多かった。

 

 陸川が言うところの“技術の山”で鍛えられたのは、それまでは「嫌いだった」というディフェンス面だ。入学前から東海大がディフェンスを重視するチームなのは知っていた。当然、“ディフェンスが下手では試合に出られない”との危機感もあった。

「ディフェンスの練習がめちゃくちゃきつかった。踏ん張らなければ耐えられないので、足腰もすごく鍛えられました」

 

 東海大での厳しい練習を経て、「嫌いだった」ディフェンスが「好きになった」というのだから不思議なものだ。「ディフェンスを頑張ったり、ルーズボールに飛び込むと、めちゃくちゃ盛り上がるチーム。自分は単純なので、気持ちが良くなってディフェンスも頑張れるようになりました」と本人は笑うが、それだけが理由ではあるまい。“もっと上手くなりたい”との向上心が彼を支えたはずだ。

 

 これにて“3&Dプレーヤー”の“D”の部分が揃った。東海大で西田は“心の山”と“技術の山”を登りながら、2年時と4年時にインカレ制覇を経験し、チームメイトたちと“チャンピオンの山”も登ることができた。チームの主力として大学日本一を経験した以上、次に登るべき山はプロバスケプレーヤーへの道か。

 

 プロになることは、1年時にPF/SF八村塁(現ワシントン・ウィザーズ)らと出場したFIBAU-19ワールドカップで世界と戦ったことで強く意識するようになっていた。3年時には名古屋ダイヤモンドドルフィンズの特別指定選手としてB.LEAGUEデビューを果たす。そして2021年12月、大学卒業後を待たずして新潟アルビレックスBBとプロ契約を結んだのだった――。

 

(最終回につづく)

>>第1回はこちら

>>第2回はこちら

 

西田優大(にしだ・ゆうだい)プロフィール>

1999年3月13日、徳島県海部郡海陽町市出身。小学3年でミニバスチームに所属し、本格的にバスケットボールを始める。海陽中学、福岡大学附属大濠高校を経て、東海大学に進学した。東海大在学中の2019-20シーズンは名古屋ダイヤモンドドルフィンズに特別指定選手として加入。大学卒業前の2020年12月には新潟アルビレックスBBとプロ契約を結んだ。2021-22シーズンよりシーホース三河に移籍。日本代表としては2017年に候補強化合宿メンバーに選ばれて以降、コンスタントに招集されている。2021年東京オリンピック代表候補には選出されたものの、本大会出場はならなかった。スリーポイントシュートとディフェンスを得意とするSG。身長190cm、体重90kg。背番号は19。

 

(文/杉浦泰介、写真/© SeaHorses MIKAWA co.,LTD)

 

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