雨上がりに大きな石をひっくり返すと、底にべっとりとヒルがこびりついていることがある。多くの観衆や視聴者はあんな気分を味わったのではないか。
 もし、反則を指示する声を集音マイクが拾っていなかったら、亀田陣営の悪事は見過ごされていた可能性が高い。そうなれば、サミングや頭突き、抱え投げといった反則技も「闘志の表れ」(父・史郎氏)で処理されていたのである。

 11日に行われたWBC世界フライ級タイトルマッチ、王者・内藤大助対挑戦者・亀田大毅戦を会場で取材した。大毅の最終ラウンドにおける反則技のオンパレードは苦し紛れの暴走に映った。攻め口が見つからないため、やけのやんぱちになっているのだろうと。

 ところが事実は違った。翌日、あるテレビ局関係者から「ぜひ聴いてもらいたいものがある」と電話がかかってきた。耳を傾けるとセコンドで史郎氏が実に冷静にこう語りかけているのだ。「わかってるな。このままだったら負けやぞ。タマ(急所)打ったれ!」。兄・興毅の声もはっきり聞き取れた。「ヒジを入れたれ」

 正直、腰も抜かさんばかりに驚いた。これまで多くの世界戦を取材してきたが、これだけあからさまな反則指示は見たことも聞いたこともない。ハンマーで頭を殴られたような気になった。

 褒められたことではないが、勝つために相手の傷口にブローを集中させたボクサーはこれまでにもいた。ある中南米からやってきたボクサーは顔にたっぷりとワセリンを塗り、試合開始のゴングが鳴るや、グローブでさっとぬぐった。どうやらワセリン付きのブローで相手の視界を遮る“作戦”だったようだ。
 サッカーの世界におけるマリーシア的行為はボクシングの世界にもある。けしからん話だが、レフェリーの死角を突く“裏技”は防ぎようがない。

 ただ“裏技”にも種類や程度がある。亀田陣営の行為は先述した“裏技”とは明らかに一線を画す。ルール無視の蛮行である。「ボクシングを汚された」と内藤陣営の宮田博行会長が怒ったのも無理はない。まがりなりにも世界王者や世界挑戦者を輩出した陣営に、この期に及んで「スポーツマンシップ」の意義について説かなくてはならないとは……。後味が悪いにも程がある。

<この原稿は07年10月17日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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