イップス(Yips)とは元々、パットの際などに見られる運動障害を指すゴルフ用語である。多分に精神的な要素が大きい、と言われている。 近年では、野球においてもこの言葉がしばしば用いられる。たとえば内野手が悪送球を恐れてスローイングが乱れたとする。 「おい、大丈夫か? イップスにかかってないよな!?」 こんな具合だ。
エンゼルスのアルバート・プホルスと言えば、メジャーリーグを代表する強打者のひとりである。カージナルスで2001年にメジャーリーグデビューを果たして以降、2010年まで打率3割、30本塁打、100打点を10年連続で達成している。
来年3月に開催されるWBCで3連覇を目指す野球日本代表監督に就任した山本浩二はスモール・ベースボールを標榜している。 「国際試合では、そう点は取れないだろうから、足をからめて得点したい。やはりピッチャーを中心にした守りの野球になるんじゃないかな」
伊東勉が千葉ロッテの監督に就任したことで、来年のパ・リーグは西武黄金期を支えた3人の元名選手が采配を競うことになる。後の2人は渡辺久信(埼玉西武)と秋山幸二(福岡ソフトバンク)だ。
「侍ジャパンマッチ2012」と銘打った日本代表対キューバ代表の2連戦は2対0、3対1と日本が2連勝を飾った。 光ったのは投手力の充実ぶりである。
「最近、泣く選手が多いけど分からないなぁ。男は泣くなって。感情の起伏があるとプレーに影響する。泣くヤツはいらん」 そう語ったのは埼玉西武の渡辺久信監督。我が意を得たりだ。
今季、ヤンキースで16勝(11敗)をマークした黒田博樹の携帯電話に、かつての上司から連絡が入ったのはアメリカンリーグのリーグチャンピオンシップでタイガース相手に敗退した直後のことだった。
地味ながら指導力には定評がある。最下位からの浮上を目指すオリックスにとってはうってつけの人物ではないか。 オリックスの次期監督に森脇浩司監督代行が昇格することになった。監督代行に就任以降の成績が6勝2敗と良かったことも白羽の矢が立った理由のひとつのようだ。
ドラフト1位指名の高校生がNPB(日本プロ野球組織)を経ずにメジャーリーグ挑戦を表明したのは初めてのことである。
トレイ・ヒルマン、梨田昌孝、栗山英樹。フロント主導人事で、三代続けて優勝監督を輩出するのだから、北海道日本ハムは進歩的な球団である。 指導経験のない栗山を、いきなり監督に据えたのも、フロント力に確固たる自信があったからだろう。
「今回は米国が本気になっている。(WBCで)日本に3度も勝たせるな、と。ですから(監督、コーチ就任を)引き受けてもらうことが非常に申し訳ない」 こう語ったのは日本プロ野球機構(NPB)の加藤良三コミッショナーである。
足が速いこと。肩が強いことはもちろんだが、ケガに強いこともプロ野球選手にとっては才能のひとつだろう。 世界記録となる1492試合連続フルイニング出場を誇る阪神の金本知憲が今季限りで引退を表明した。
優勝の陰の功労者と言ってもいいだろう。2位・中日とのゲーム差11・5、貯金42(9月27日現在)。巨人がぶっちぎりでセ・リーグを制した。 4月に5連敗を2度喫するなど立ち上がりこそ不安定だったが、最大時の借金7もハンディキャップにはならなかった。
来春のWBCで3連覇を狙う日本代表(侍ジャパン)の監督選びが難航している。 落合博満、秋山幸二、梨田昌孝、山本浩二、山田久志……。
「口は歪み、目の焦点も定まっていなかった。それでも話は理路整然としていた。しかし監督としての現場復帰は、さすがに難しいのでは……」 前中日監督の落合博満は9月8日、松山市内で講演を行った。以上は講演を聞いた男性会社員の感想だ。
佑ちゃんどうした!? 北海道日本ハムの斎藤佑樹がもがき苦しんでいる。 7月29日、オリックスに4回途中でKOされ、監督の栗山英樹から2軍落ちを命じられた。故障以外での登録抹消はプロに入って初めてのことだ。
イタリア国籍のNPBプレーヤーはスティーブン・ラム(元阪神)に次いで2人目である。オリックスのアレッサンドロ・マエストリが8月26日の埼玉西武戦で初完投勝利をあげた。
ピッチャーとは孤独な生き物である。小高いマウンドに上がれば、もう誰も助けてはくれない。 つまりピッチャーが成功する条件――それは孤独に耐えられるか否かだと言っても過言ではない。
その瞬間、球場中が凍りついた。ひび割れたヘルメットのツバが事態の深刻さを物語っていた。 8月2日、横浜スタジアム。横浜DeNA対広島。9回表1死一、二塁の場面で広島ベンチは代打に思いっ切りのいいバッティングが持ち味の會澤翼を送った。
イチローがマリナーズからヤンキースに電撃トレードされた。若手投手2人プラス金銭との交換トレードだった。7月30日には本拠地ヤンキースタジアムで、オリオールズのミゲル・ゴンザレスからメジャーリーグ通算100号を放つなど健在ぶりを発揮している。 チームは8月1日現在、アメリカンリーグ東地区の首位。2位オリオールズに6.5ゲーム差をつけている。イチローがポストシーズンゲームに出場すれば2001年以来、2度目ということになる。「一番勝ってないチーム(マリナーズ)から一番勝っているチーム(ヤンキース)に移る」実感を今イチローは味わっているはずだ。
巨人が交流戦で初めて優勝した。24試合で17勝7敗。連敗は一度もなかった。 セ・リーグとパ・リーグの交流戦が始まって8年目になるが、セ・リーグのチームが優勝したのは初めてのことである。
苦渋の決断であることは、伏し目がちなその表情が物語っていた。 労組・プロ野球選手会がオールスターゲーム期間中の7月20日、大阪市内で臨時大会を開き、来年3月に開催予定の第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に参加しないことを決議した。 記者会見の席で労組・選手会の新井貴浩(阪神)会長は、こう語った。 「選手も楽しみにしていました。当然見たかったと思うし、出たかった。ただ5年後、10年後を見たとき、今回のことは間違ってなかったと信じています」
サードベースコーチはプロ野球における10人目のプレーヤーである。それを証明したのが1987年の西武対巨人の日本シリーズだった。 第6戦の8回裏。2対1と西武が1点リードで迎えた2死一塁、西武・秋山幸二の打球はセンター前に飛んだ。 普通なら一、三塁の場面。ところが一塁ランナーの辻発彦はノンストップで三塁ベースを駆け抜け、本塁を奪ったのである。
王手をかけて4度目の登板で、通算150勝に到達した。 7月4日、本拠地・横浜スタジアムでの巨人戦で横浜DeNAの三浦大輔が史上47人目の快挙を達成した。
40歳8カ月での通算2000本安打達成は宮本慎也(東京ヤクルト)の41歳5カ月、落合博満の41歳4カ月に次ぐ、“高齢記録”だそうだ。 福岡ソフトバンクの小久保裕紀がさる6月24日、北海道日本ハムのブライアン・ウルフからセンター前ヒットを放ち、史上41人目の快挙を成し遂げた。