メジャーリーグにおける最高のヒーロー、ベーブ・ルースが主に3番打者だったこともあり、米国野球で「4番最強論」を唱える向きは少ない。 今季、アスレチックスでプレーした松井秀喜がヤンキースの4番に初めて座った時、日本のメディアは大騒ぎしたが、ニューヨークのメディアは“無風”だった。
女子W杯で世界一になった「なでしこジャパン」の面々が国民栄誉賞を受賞するにあたり、「断った人」として、今頃になって脚光を浴びたのが盗塁で一世を風靡した元阪急の福本豊である。 通算盗塁数の「世界記録」は1993年にリッキー・ヘンダーソンによって破られたが、通算1065盗塁は日本においてはアンタッチャブル・レコードである。
「キャッチャーは現場の指揮官」。ノムさんこと野村克也の口ぐせである。ノムさん流に言えば、キャッチャーは現役時代から監督の見習いをやっているようなものだ。 キャッチャーの仕事はピッチャーをリードするばかりでなく、守りのフォーメーションを指示し、バッターの狙い球を読み、相手ベンチの出方を探る――。まさに「現場の指揮官」である。
「キャッチャーは打てなくてもいい。守りさえしっかりできればいい」 プロ野球の世界では、しばしば、そんなセリフを耳にする。 「それは間違っています」 はっきりとそう口にしたのが広島などで20年間に渡ってマスクを被った西山秀二だ。
まだ3年生ながら、松沼雅之(東洋大−西武)が保持していた通算15完封の東都大学野球リーグ記録に並んだ。来シーズンオフのプロ野球ドラフト会議の超目玉だろう。 亜大の東浜巨は9月4日、日大相手に7安打シャットアウト勝ちし、通算23勝目を挙げた。無四球、三塁を踏ませない内容ながら「最悪でした。納得のいかない15個目になってしまった」「体が突っ込んで、切れもなくて何ひとついいところがなかった」と言うのだから、本当の実力はこんなものじゃないということだ。
SFF(スプリット・フィンガード・ファストボール)を武器とする歳内宏明(聖光学院)。152キロの快速球を誇る釜田佳直(金沢)、四国ナンバーワンの左の強打者・北川倫太郎(明徳義塾)、投打ともに今大会屈指の実力を持つ白根尚貴(開星)など、今夏の甲子園も逸材が目白押しだ。
開幕前には下馬評の低かったカープが、曲がりなりにもクライマックスシリーズ進出争いに加わっていられるのは、青い目のスカウトのおかげだろう。 エリック・シュールストロム。カープファンでも、その存在を知る者は少ない。辣腕の駐米スカウトだ。
どうもメジャーリーグ関係者は日本のプロ野球を植民地扱いしたいようだ。 先頃、労組・日本プロ野球選手会が、13年3月開催予定の第3回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に、条件が改善されない場合、出場しないことを全会一致で決議した。
戦時下、スポーツ選手は何を考え、どう振る舞っていたのか。 それを取材しているうちに、文藝春秋の編集者から興味深い資料を提供してもらった。 タイトルは<帰還二勇士 戦争とスポーツを語る>。これは『オール読物』の1940年9月号に掲載されたものだ。 「帰還二勇士」とは当時、巨人のエースだった沢村栄治と「槍の笹崎」の異名をとったプロボクシング界のヒーロー笹崎僙のことだ。
日米通算106勝27セーブ。実績も理論も申し分ないだけに、将来はいい指導者になるだろうと思っていた。 まさか、こんな最期を遂げるなんて夢にも思わなかった。何度かヒザを交えて話したことがあるので残念でならない。
中日やロッテなどで主にクローザーとして活躍し、横浜の監督も務めた牛島和彦から、かつてこんな話を聞いたことがある。彼がロッテ時代の出来事。 「南海戦で打者は門田博光さん。僕のフォークボールを読んだ門田さん、いきなり歩き出し、落ちる前を狙い打った。結果はホームラン。これにはびっくりしました」 フォークボールの落ち際をとらえるのは至難の業だ。だったら、落ちる前にしばき上げよう――。門田は、そう考えたのである。驚異的なスイングスピードが、劇画のようなシーンを可能にしたのであろう。
かつて沢村賞はセ・リーグのピッチャーのみに与えられた。賞に名をとどめる沢村栄治が巨人の所属選手だったからだ。 パ・リーグのピッチャーでも受賞できるようになったのは89年からだ。今季の開幕前、東北楽天の田中将大が「沢村賞を目指す」と公言したのは記憶に新しい。 ところが、こちらの賞は今でもセパで一致を見ていない。 パの監督に贈られる最高の賞が「優勝監督賞」であるのに対し、セは「最優秀監督賞」なのだ。
パ・リーグの優勝争いは、早くも福岡ソフトバンクと北海道日本ハムの“2強”に絞られた観がある。
人気番組ゆえの騒動か。広島・野村謙二郎監督の退場劇が思わぬ波紋を広げている。
「20年にひとりの逸材」と評された埼玉西武・菊池雄星のプロデビューはほろ苦いものとなった。 6月12日、本拠地・西武ドームでの阪神戦。雄星は1回に1点を失うと、3回に4安打を集中され、わずか53球でマウンドを降りた。
独立リーグでの成績とはいえ、これは光っている。 15試合に登板し、0勝0敗7セーブ、防御率は0.00(6月22日現在)。完璧である。 今季から元ヤクルトのクローザー高津臣吾はBCリーグの新潟アルビレックスBCでプレーしている。
ここ数年、押し出すような投げ方になっていたのは、無意識のうちにヒジをかばっていたせいかもしれない。 レッドソックスの松坂大輔が右ヒジに正常な腱を移植する、いわゆる「トミー・ジョン手術」を受けることになった。
“身の丈経営”をモットーとする広島カープが総額約1億円(推定)を投じて獲得した“大物助っ人”チャッド・トレーシーが出場選手登録から外れ、帰国した。 「股関節に痛みがあるようだ。状態もよくないし、本人と相談して決めた」と野村謙二郎監督。球団は「鼠径(そけい)部痛症候群」と発表したが、復帰の時期は未定だ。
今季から東北楽天の指揮を執る星野仙一には、かつて黒衣がいた。 その男の名前は島野育夫。中日、阪神で星野を支えた鬼軍曹的な名参謀だ。 現役時代は俊足、強肩の外野手として活躍し、ゴールデングラブ賞に3度、輝いている。73年には全試合出場を果たし、南海のリーグ優勝に貢献した。 07年12月、胃ガンのため世を去った。63歳だった。
右脇腹痛で出遅れた埼玉西武・岸孝之が5月21日、交流戦の対中日戦で今季初勝利を挙げた。5回2失点。ベンチはコンディションを見ながら球数を増やしていく方針のようだが、この男の復活なくして巻き返しはあり得ない。
プロ野球において、近年、外国人選手は1チーム4人まで一軍登録することができる。 しかしルール上、野手のみ4人、ピッチャーのみ4人というのは許されない。つまり、4人を同時に使おうと思えば野手3人とピッチャー1人、あるいは野手、ピッチャーとも2人といった具合にうまく振り分けなければならない。 外国人選手でも、FA権を取得すると外国人枠からはずれる。たとえば巨人のアレックス・ラミレスがそうだ。何だか変な話ではあるが……。
「デブでも“動けるデブ”と“動けないデブ”がいるんです」 おもしろいことを言う人だなぁ、と思った。 言葉の主は東京ヤクルト監督の小川淳司だ。
「一度ヒューンと外に飛んでいって途中でガンと内側に食い込んでくるんです」 北海道日本ハムファイターズのサウスポー武田勝のスライダーを評して、目を丸くしながらそう語ったのは、巨人の坂本勇人である。今から3年前の話だ。まるで獲物に襲い掛かる猛禽のようなボールである。
恐れていたことが現実になった。ツインズの西岡剛が4月7日(日本時間8日)のヤンキース戦でニック・スウィッシャーのスライディングを受け、左すねの腓骨(ひこつ)を骨折した。
デビュー戦の内容は早大の同級生・斎藤佑樹(北海道日本ハム)を上回っていた。 去る4月17日、地元での巨人戦で広島のドラフト1位ルーキー福井優也がプロ初登板を初勝利で飾った。同じ日、斎藤もプロ初勝利を挙げた。斎藤が5回4失点だったのに対し、福井は7回2失点。7三振を奪う力投だった。