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二神一人(法政大学硬式野球部/高知県幡多郡大月町出身)第3回「2度目の夏」

 2005年8月4日。その日、二神一人は次なるステージ、法政大学のセレクションを受けるため、夜行バスで東京へと向かうことになっていた。寮で一人準備をしていると、突然、驚愕のニュースが舞い込んできた。「
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二神一人(法政大学硬式野球部/高知県幡多郡大月町出身)第2回「破れなかった明徳の壁」

 二神一人は実家のテレビを食い入るように見ていた。そこには白にえんじ色のアンダーシャツとソックス。胸に「KOCHI」の文字が入ったユニホーム姿の球児たちが、甲子園球場で躍動していた。なかでも二神の目を
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二神一人(法政大学硬式野球部/高知県幡多郡大月町出身)第1回「人生初の日本一」

 2009年6月14日、全日本大学野球選手権・決勝。法政大学(東京六大学)が富士大学(北東北大学)を5−1で下し、14年ぶりの日本一に輝いた。マウンドでは優勝の立役者となったエースが仲間とともに喜びを
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松家卓弘(横浜ベイスターズ/香川県高松市出身)最終回「再び1軍のマウンドへ」

 4年前の2005年。大学からプロに入る前、松家は「これからについて、不安が8割」と口にしている。1年目のシーズンが進むにつれ、その不安は6割にまで減った。プロに入りまず取り組んだことはファームを安定
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松家卓弘(横浜ベイスターズ/香川県高松市出身)第4回「刺激をくれる二人の先輩左腕」

 東京6大学野球では、東大の2年生エースとして秋季大会から神宮のマウンドに立った。その頃はいわゆる“松坂世代”が4年生にいる時期。後にプロの一線級で戦うことになる選手たちがレベルの高い争いを繰り広げて
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松家卓弘(横浜ベイスターズ/香川県高松市出身)第3回「凄みを感じたベテラン打者からの“洗礼”」

 プロ初登板の舞台となったのは北海道の札幌円山球場だった。1軍行きを告げられてから4日後の6月10日、対北海道日本ハム第3回戦で松家にチャンスが回ってきた。3点を追う8回裏、プロ野球生活5年目にして初
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松家卓弘(横浜ベイスターズ/香川県高松市出身)第2回「考えられなかった5年目のシーズン」

 東京大学から5人目のプロ野球選手として、横浜ベイスターズに入団した松家卓弘だが、ルーキーイヤーに1軍に登録されたものの、登板機会は巡ってこなかった。そして2年目以降はファームでの生活が続いてしまう。
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松家卓弘(横浜ベイスターズ/香川県高松市出身)第1回「5年目にめぐってきたプロ初登板」

 北海道日本ハム・小谷野栄一が放った打球は快音を残してライト方向に飛んだ。その瞬間、マウンド上にいた松家卓弘は肝を冷やした。「しまったっ!」。平常心で投げているつもりでも、球は本来の力をもっていなかっ
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中田亮二(亜細亜大学硬式野球部/高知・明徳義塾高校出身)最終回「キャプテン就任の真相」

「初めて見たのは、彼が中学3年のとき。既にセレクションは終わっていたのですが、一人、僕ら(明徳義塾高校)の練習に参加したんです。最初に思ったのは、とにかくでっかいやつだなぁと(笑)。でも、バッティング
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中田亮二(亜細亜大学硬式野球部/高知・明徳義塾高校出身)第3回「信じられない幕切れ」

「オマエらの学年はオレが今まで監督をやってきた中で一番弱いチームだ」 3年生が引退し、1、2年生だけの新チームが発足した。レギュラーのほとんどが抜けたチームに馬渕史郎監督は厳しい言葉を投げかけた。しか
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