これが王者の実力というべきだろう――。23日、アジアパラ競技大会6日目、車いすテニス男子シングルス決勝が行なわれ、世界ランキング1位の国枝慎吾が、同9位の眞田卓との日本人対決を制し、2016年リオデジャネイロパラリンピックの出場権を手にした。6−3、6−1というスコアは地力の差以上に、2人の間にある経験値の差が生み出したものだった。
 この日センターコートではクアードの3位決定戦、男子シングルスの3位決定戦、そして同決勝と3試合が行なわれた。国枝と眞田との決勝は、早ければ12時半スタートの予定だった。ところが、先に行なわれた2試合が3セットまでもつれる大接戦となり、約4時間遅れてのスタートとなったのだ。この時点で既に、国枝と眞田との間にはある“差”が生まれていた。

 待ち時間が長かったことについて訊かれると、国枝は余裕の表情を浮かべながら、こう答えた。
「ちょっと横になったり、音楽を聴いたりして、ゆっくりと過ごしていました。(海外では)たまにあることなので、まったくストレスはなかったですね」
 前の試合の進行具合がわかると返ってストレスに感じるため、あまりスコアは見ないというのも、リラックスして待つコツなのだという。

 翻って眞田はというと、これほどの待ち時間は一度も経験したことがなかったという。そのため、戸惑いは少なくなかった。
「昼間の試合だと思っていたら、ナイターでライトがついたり、気温が低くなっていたり……。環境の変化に対応しきれていませんでした」
 それでなくとも、眞田は緊張していた。国枝と眞田との対戦は、2011年のジャパンオープン準決勝以来の2度目だという。しかも今回は、金メダルをかけた大舞台での対戦ということもあり、決勝の独特な雰囲気にのまれてしまったのだ。

 それでも眞田は第1セットの前半は、決して悪くはなかった。自身のサーブゲームである1ゲーム目から、いきなり3度のデュースと接戦となるも、眞田はサーブで攻め、しっかりとキープした。さらに3ゲーム目はサービスエースも決まり、ラブゲームでキープした。一方の国枝も落ち着いたプレーで自分のサービスゲームをキープし、4ゲーム目を終えた時点で、セットカウント2−2。両者とも一歩も譲らない好ゲームの様相を呈していた。

 しかし、流れが変わったのは5ゲーム目だった。国枝がラリーを制して先行すると、さらに眞田のサーブに対してリターンエースを決めた。すると、ここで眞田は手痛いダブルフォルト。最後は再びラリー戦の末に国枝がフォアハンドの逆クロスを決め、ラブゲームでブレークした。これを機に、国枝が徐々に主導権を握り始める。眞田は集中力を欠いたプレーが目立つようになっていった。

 6ゲーム目、眞田は1本目こそ強打で奪って先行するものの、これ以降、眞田のショットの確率が低下の一途をたどっていく。サービスリターンが入らなくなり、ようやく入ったかと思えば、今度は思い切り打った得意のフォアハンドショットがアウトとなる。結局、国枝はウィナーが1本もない中で、相手のミスで簡単にキープした。

 とはいえ、国枝も自らの出来を「40点」と答えたように、決して国枝自身の内容が良かったわけではなかった。7ゲーム目をブレークして、ゲームカウントを5−2として迎えた8ゲーム目、国枝はなんと3本連続でダブルフォルトを犯した。最後は国枝が攻めきれなかったサーブに対して、眞田がリターンエースを決めてブレークバックに成功した。

 この時の心境を国枝はこう語っている。
「それまでは結構いいプレーが出ていたと思いますが、何か歯車が狂ったのか、あの辺からサーブに対して非常にナーバスになりましたね。3連続(ダブルフォルト)というのもここ5年であるかないかくらいだったので、少し気持ちが揺らぎ始めていました」

 眞田にとっては流れを引き寄せる絶好のチャンスだった。ところが、続く9ゲーム目、眞田は国枝に合わせるかのように2本連続でダブルフォルトを犯し、このゲームをブレイクされた。結局、第1セットは国枝が6−3で先取した。しかし、この日の国枝は波に乗り切れなかった。第2セットの1ゲーム目、またもダブルフォルトを2本犯し、いきなりブレークされたのだ。「正直、もうサーブはしたくないと思いましたね」と、さすがの国枝も弱気な言葉を口にした。

 2人がこれだけサーブにミスが多かった原因のひとつは、ボールにあったようだ。眞田によれば、気温が下がったことでボールが湿り、弾まなかったのだという。それが2人のプレーに大きく影響したのだ。国枝も「ラケットとボールとの感覚がずれていて、最後までとまどいはあった」と語った。

 しかし、第2セットの3ゲーム目以降、2人の間に明らかな差が生じ始めた。国枝は、ラケットとボールとの感覚がフィットせず、スピンサーブのかかりがよくなかったため、スライスサーブに切り替えたり、力の入れ具合を調整し、弾まないボールに対して修正をかけた。「最後までとまどいはあった」ものの、徐々にフィットさせていった。それに対し、眞田は最後まで対応策を見出すことができず、サーブのみならず、得意のフォアハンドショットまでフレームショットや意図しないところに飛ばすなど、自分のプレーができずに苦しんだ。徐々に、眞田のパワフルなショットは影を潜めていった。経験の差が、勝敗を分ける大きな要素となったのである。

 眞田にとっては、身体のコンディションが万全ではないことも影響していた。9月に痛めた右手首は順調に回復には向かっているものの、まだ痛みは残っているという。水分を含んでかたくなり、飛ばないボールを無理に叩こうとすると、痛みが生じたため、試合の後半は合わせにいったショットが多くなっていかざるを得なかった。結局、第2セットは1ゲームを取るのが精一杯だった。試合後の表彰式で銀メダルを手にした眞田の表情はかたく、自らのプレーに納得していない様子がありありと出ていた。

「試合の展開うんぬんではなく、とにかくボールが入らなかった。それに対応することができなかったのは、経験不足からだと思います。もっといい試合を見せたかったですね」
 ただ、その分収穫も大きかったと眞田は語る。
「なかなかできない経験ができたので、次につながると思います。今後大きな大会を戦っていく中でこういうこともあるんだなと。常に環境が変わっていく中で、気持ちの持っていき方など、国枝さんと対戦した中で学ばせてもらうことができました」

 一方の国枝は決勝は「40点」の出来だったとし、今大会を通しても納得のプレーができずに終わったという。ただ、そんな中でもしっかりと勝ち切った自分に対しては「合格点を与えたい」と語った。そして、早くも切符をつかんだリオへの思いを次のように述べた。
「ここ4、5年で日本男子のレベルは上がってきていて、日本人対決というだけで、ワールドクラスになる。それだけ僕も日本人選手に勝つことが難しくなってきているというのが正直なところです。だからこそ、リオでは日本人の表彰台独占も決して不可能ではないというレベルまできていると思っています。その中で自分がその頂点に立てたら嬉しいですね。とにかくリオは着々と足音を立てて近づいてきている。これからの2年間でしっかりと自分自身のレベルをさらに上げていきたい」

 国枝にとっても眞田にとっても、今大会は手応えをつかんだというよりも、それぞれの課題を確認した1週間となったのではないか。2人は今、道半ばである。あくまでも本番は2年後のリオデジャネイロパラリンピック。そこでどんな進化した姿を見せてくれるのか。今後の2年間に注目していきたい。

(文・写真/斎藤寿子)