(写真:ケージによじ登り、勝利をアピールする大原)

 10日、総合格闘技イベント『DEEP 108 IMPACT』が東京ドームシティホールで行われた。メインイベントのDEEPライト級タイトルマッチは王者の大原樹理(KIBAマーシャルアーツクラブ)が挑戦者の石塚雄馬(AACC)を1ラウンド1分20秒KO勝ちで初防衛に成功した。MMA転向2戦目のレスリング・グレコローマンスタイル元アジア王者の泉武志(FIGHTER'S FLOW)、プロ転向6戦目のケイト・ロータス(KING GYM KOBE)はいずれも判定負けをだった。

 

「安堵。すごく怖かった」

 大原は試合後の率直な気持ちを語った。バックステージの囲み取材にベルトを携えながら応じた。

 

 今回防衛したベルトはデビュー12年で、ようやく掴んだものだ。2021年7月、暫定王座決定戦で負傷判定により、勝利した。しかし本人が「どさくさに紛れてチャンピオンになったのが自分の中で強かった」と口にするのは、今年3月に正規王者・武田光司(BRAVE)の王座返上に伴い、大原が暫定王者から正規王者に認定されたからだ。

 

(写真:入場の際には、少し硬い表情を見せていた)

 だからこそ、メインを任されたこの試合に期するものがあったのだろう。入場の際、特設ステージからリングに向かう階段をなかなか降りなかった。数秒間、下を向き、「自分では、あそこまで腹を括っていたつもりだったんですが、“もう一回腹を括り直そう”と思った。その覚悟が決まるまでは降りたくなかった」と大原。顔を上げると、何かを振り払うように吠えた。

 

「前戦の印象が本人も残っている。特にそれを狙ってくると思った。出してきたものを出したところに持ってくる。ガードをしっかり上げるということだけを意識していました」

 大原の言う「前戦のそれ」とは、石塚が2月に川名“TENCHO”雄生(Y&K MMA ACADEMY)戦で右のカウンターを指している。

 

(写真:これで8連勝。RIZINでも勝利を重ねている)

 ゴングが鳴ると、左ジャブで距離を図る大原に対し、石塚は右のカウンターを当ててくる。「想定通り」と大原は冷静に対処した。すると1分が過ぎたころ、右ストレートからのサッカーボールキックで仕留めた。「ほとんど覚えていないが、拳と脛が痛い。それだけガッツリ入った」。レフェリーが両手を交錯し、試合を止めた。

 

 ケージによじ登り、歓喜の大原。会心のKO劇に「やっと本物のチャンピオンになれた」と笑顔で語った。「DEEPのベルトを防衛しつつ、有名になりたい」。次に狙うは、ボンサイ柔術のホベルト・サトシ・ソウザ(ブラジル)が持つRIZINライト級王座を奪っての2冠達成か。「日本人では一番近い位置なんじゃないですか」と対戦にも乗り気だ。

 

(写真:試合後は家族がリングに上がり、記念撮影)

「自分はセンスが全くない。ケガをしない才能はあるかもしれないけど、格闘技の才能に関しては会長にも『才能ないから』と言われている」

 無事之名馬――。2009年にパンクラスでプロデビュー以来、13年で51試合を戦ってきた。これこそベルト同様に彼が誇るべき勲章である。

 

 メインで王者の威厳を示したが、再起に懸ける者たちにとって厳しい現実を突きつけられる大会でもあった。今年4月の『RIZIN TRIGGER 3rd』でMMAデビューを果たした泉は、この日も初勝利を手にできなかった。

 

(写真:愛媛出身対決は野村<左>に軍配が上がった)

 デビュー戦は柔術の使い手グラント・ボグダノフ(アメリカ)とのグラウンドの戦いに付き合わず、スタンディングで勝負しようとしたが、結局は相手の術中にハマッた。持ち味を発揮できずにTKOで敗れた。この日の対戦相手の野村駿太(BRAVE)は8学年下だが、MMAのキャリアでは泉がわずかに劣る。2戦目の泉に対し、野村は4戦目だった。

 

 試合は伝統空手出身の野村がスタンディングでの打撃を、レスリング出身の泉がテイクダウンを奪いにいくなど組んで勝負するという構図となった。立った状態でのパンチの打ち合いはやや野村が優勢に見えた。泉はケージ際に押し込むもなかなかグラウンドの勝負に持ち込めない。パンチ、ヒザを当てていくが大きなダメージは与えられなかった。

 

(写真:互いに決定打を奪えず、勝敗の行方は判定に)

 2ラウンド目もケージ際を中心に試合が展開。しかし、計10分間の攻防は互いに決定打を奪えぬまま、終了した。判定は割れた。3人のジャッジは1人が20-18で泉、もう1人が20-18で野村を支持。もう1人は19-19だが、マスト判定により野村を支持した。これで野村は2連勝、泉は2連敗となった。

 

 とはいえ、これで泉に“MMAファイター失格”との烙印を押されることもない。佐伯繁代表が「あの2人には、石塚選手を含め、いろいろな人との流れができるかもしれない」と今後の可能性について言及したほどだ。デビュー戦でも榊原信行CEOが「負けはしましたけど、すごく好印象でした」と口にしており、リベンジの機会はまだ用意されそうだ。

 

(写真:リングアナにコールされ、力強く拳を挙げた)

 もうひとりは美女格闘家として注目されているケイト。5月の『DEEP JEWELS37』で長野美香(フリー)に一本敗けを喫していた。2カ月ぶりの再起戦はARAMI(フリー)と対戦。ARAMIは青野ひかる(ストライプル新百合ヶ丘)、杉山しずか(リバーサルジム新宿Me, We)、伊澤星花(フリー)ら実力者とも戦ってきた経験を持つ。この試合まで3連敗中だったものの、決して与し易いファイターではなかった。

 

 得意の打撃で試合を優位に運びたいケイトだったが、足を掴まれ、何度もケージ際の攻防に持ち込まれた。試合後、佐伯代表が「最初打撃は良かったが、ARAMI地獄に引き込まれた。あそこをなんとかするのが、上でやっていくためには必要」と語っていたように、相手のペースでほとんどの時間を費やしてしまった。ジャッジも3人がARAMIを支持(うち2人は19-19のマスト判定)。これでケイトは通算成績を2勝4敗とした。

 

(写真:左ハイや小気味いいワンツーなど打撃は光った)

 泉もケイトも自らが主導権を握るための、絶対的な武器を手にしたいところだ。順風満帆な船出ではなかったかもしれないが、経験は浅い両者。この日のメインを務めた大原は「死にもの狂い」でベルト掴んだというが、それまでに17個もの黒星を喫している。負けて終わりではない。今回の負けを、どこまで成長の養分にできるか、今後の戦いに注目である。

 

(文・写真/杉浦泰介)