(写真:世界戦は8連続KO中。世界戦KO率は9割を超える ⓒWorld Boxing Super Series)

 スコットランド南西部に位置するグラスゴーは、芸術の街としても知られる。この街に2013年に建てられた劇場型多目的アリーナ、The SSE Hydro(ザ・エスエスイー・ハイドロ)の外観は、まるで芸術作品のようだ。

 

 小雨が降り続いている。

 WBSSの広報担当ピーター・バンケからプレスパスを受け取った後、芸術作品の中に入った。この時、私は胸のざわつきを感じ続けていた。

 

(初めてのヨーロッパのリングでの試合。相手は19戦無敗のチャンピオン、エマヌエル・ロドリゲス。慣れぬ環境下の闘いで、井上尚弥が窮地に追い込まれるかもしれない)

 そんな不安を消すことができなかったのだ。

 

 だが、これは杞憂に終わった。

 結果は読者の皆さんが御存知の通り2ラウンドKO勝利。尚弥はヨーロッパのリングにおいても、モンスターだった。

 

「強過ぎる。以上」

 テレビ解説者として現地を訪れていた長谷川穂積が、試合を観た後に記者たちの前で、こうコメントしていた。

 同感である。それ以上に語る言葉が見つからないほどの圧勝劇だったのだ。

 

 尚弥のファイトに対する賞賛の言葉はメディアに溢れているから、いまさら改めて書く必要もないだろう。すでに日本ボクシング史上“パウンド・フォー・パウンド”最強の男に成長しているのである。もはや、過去の日本人世界チャンピオンを基準にして井上尚弥を評することはできない。

 

 物語は佳境へ

 

(写真:井上が「憧れていた選手」と語るドネア<右>と決勝で対戦する ⓒWorld Boxing Super Series)

 さて、これで尚弥は、WBSSバンタム級トーナメントの決勝に駒を進めた。

 決勝の相手は、フィリピン出身の世界5階級制覇王者のノニト・ドネア。日時は今秋が予定されており、場所は未定。ただ、開催会場に関しては、京セラドーム大阪と米国カリフォルニア州イングルウッドにあるザ・フォーラムが候補に上がっている。ザ・フォーラムは以前にNBAのロサンゼルス・レイカーズが本拠地としていた会場であり、ボクシングの殿堂でもある。

 

 ドネアはキャリア十分の強者とはいえ、全盛期を過ぎた36歳。油断をできる相手ではないが、現時点での実力において尚弥の方が上回っている。しっかりとコンディションをつくることができれば、会場がいずれであろうとも尚弥が優位であろう。今回、グラスゴーで勝利したことで海外での闘いに対しての自信を深めたことも大きい。

 

 WBSSバンタム級トーナメントを有終の美で飾った後、おそらく尚弥は階級を上げることになろう。

 

 だが、その前に闘うべき相手が2人いる。

 南アフリカ共和国出身のゾラニ・テテと、ティファナ出身のメキシコ人ボクサー、ルイス・ネリだ。

 

 テテはWBO世界バンタム級王者として今回のトーナメントにエントリーしていたが、肩の負傷により、ドネア戦を棄権している。だが、1ラウンド11秒の世界最短KO記録の持ち主だ。切れ味鋭い一撃を有している。

 

 もう1人のネリは山中慎介戦においてのウェイト・オーバーで日本でも広く知られるようになったヒールボクサー。

 だが確かな実力の持ち主だ。強打を備えているうえに、メンタリティの強さが際立つ。現在、ネリは日本国内においてリングに立てない状況にあるが、海外であれば尚弥との対戦は可能となる。

 

 両者の実力を比較すれば、ネリが上回る。

 尚弥が、階級を上げる前に、ぜひともネリとの闘いが見てみたい。

 

 モンスターは、どこまで強いのか?

 日本が生んだ珠玉のボクサーの物語は、世界を舞台に佳境へと入る。

 

近藤隆夫(こんどう・たかお)

1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)。

連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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