三浦愛華(陸上・世界リレー日本代表/愛媛県競技力向上対策本部)最終回「“日本一”と“オリンピック”という目標」
「日本一になることを目標にしていました」
2020年春、三浦愛華は園田学園女子大学に入学した。しかし新型コロナウイルス感染症が流行した影響により、全国の学生同様、満足に練習を積めない不運もあったが、園田の環境に不満はない。
「練習メニューが自分に合っていると思いました。そのメニューも絶対やらなければいけないというわけではなく、自分で選択できた。そこも良かったんだと思います」
水が合った。大学大学卒業後も園田のグラウンドでトレーニングを続けていることが何よりの証拠だ。
大学1年時は前述したコロナの影響で苦心した。「精神的には“頑張ろう”と思えていたのですが、急に大会がなくなったりしてピーキングも難しかった」。延期した大会が秋に重なり、「そこに合わせられずタイムも悪かった」と結果は残せなかった。
転んでもただでは起きない。冬期練習で膝を高く上げることを意識し、ストライドを伸ばした。その成果は春先に表れ、3月には日本室内選手権女子60mで7秒38をマークして優勝した。U20室内日本新記録というオマケ付きだったが、「私は気付かなかったし、大会運営の方も気付いていなかった」と笑う。
6月の関西学生チャンピオンシップでは、のちに東京オリンピック4×100mリレー日本代表となる齋藤愛美(当時・大阪成蹊大学4年)に次ぐ2位。追い風3.6m参考記録ではあるものの11秒49の好タイムをマークした。
3年時は自己ベストを出せなかった。ただ記録は安定していた。4月の日本グランプリシリーズの吉岡隆徳記念出雲陸上競技大会は11秒76(追い風0.2m)で優勝。日本学生陸上競技個人選手権、日本グランプリシリーズの布施スプリント、日本選手権では11秒70台を出し続けた。
「何が変わったかと言われると、それほど大きく変えたことはありません」
地道な積み重ねが実になり始めたのは最終学年になってからだ。4月の出雲陸上で2連覇を達成。さらに日本学生陸上競技個人選手権の準決勝で自己ベスト&学生歴代9位の11秒53をマークした。
しかし、好事魔多し――。決勝は右膝付近を痛め8位に終わった。大学生年代の国際大会ワールドユニバーシティゲームズの日本代表に選ばれたものの、「狙っていた」という世界選手権ブダベスト大会の代表選考を兼ねた日本選手権(6月、大阪・ヤンマースタジアム長居)は辞退せざるを得なかった。
「日本代表として世界に出られない……」
失意の三浦にとってのモチベーションは、中国・成都で開催されるワールドユニバーシティゲームズだった。大会1カ月前、ランニングトレーニングに復帰し、レースに挑んだ。
「やっと日本代表になれたので、“絶対走ったる”という気持ちでした。緊張感はあったものの、そこまで硬くならずに走ることができました」
4×100mリレーは第1走者として4位入賞に貢献した。個人種目(200m)は予選敗退に終わった。
「楽しかったのもあるし、世界で戦う緊張感を経験できたことは良かったです」
初めて日の丸を背負った経験は、その後に生きていく。園田在学中の“日本一”は叶わなかったが、卒業後に出雲陸上3連覇を達成し、世界リレーの日本代表に選ばれたことで、4年間の成果を示した。世界リレーで硬くなり過ぎず臨めたのは、ワールドユニバーシティゲームズに出場できたことと無関係ではないだろう。
「本番に強いタイプ」
世界リレー出場後はセイコーゴールデングランプリ、日本グランプリシリーズの布施スプリントと2大会を走った。前者は11秒71(向かい風0.3m)で8位、後者は11秒63(追い風0.7m)で3位。三浦自身としては納得のいく走りではないかもしれないが、あくまで調整段階。本番は6月27日に新潟・デンカビッグスワンスタジアムで開幕する日本選手権だ。
日本選手権は過去3度、大学1年から3年連続で出場した。1年時は予選落ち。2年時は予選で11秒61(追い風2.0m)の自己ベストを出したものの、準決勝敗退。3年時は準決勝で11秒71(向かい風0.7m)、決勝進出ラインに100分の3秒届かず全体9位。ファイナリストになれなかった。昨年は上昇気流に乗りかけたところで、ケガによる欠場を余儀なくされた。
だからこそ今年の日本選手権にかける思いはひと際強い。日本選手権室内で優勝したことはあっても、種目は60m。三浦の“本職”100mで日本一を獲ったことはない。
現時点での三浦のベストは出雲で出した11秒45(追い風1.5m)。パリオリンピックの内定条件であるオリンピック参加標準記録(11秒07)は日本記録よりも0秒14速い。この記録を突破することは簡単じゃないが、現在エントリー選手の中では4位の三浦が初の決勝、そして優勝を勝ち取るのは決して不可能ではない。
そして彼女は日本一と同時にオリンピックという目標も諦めていない。「オリンピックに出たいという目標が一番最初にくる。今は次のオリンピックです」。あくまで三浦の照準はパリである。自己ベストと派遣標準記録との0秒38という“距離”が、自らの目標を諦める理由にはならない。
高校時代の自己ベストは11秒70。あれから4年以上の歳月が経過した。彼女の1歩は大きくなった。平均ストライドは185cmから193.8cm、100mは54歩から51.6歩で走り抜けられるようになった。
「高校を卒業した時点のタイムは、日本のトップレベルじゃなかった。それでも自分は“いつかオリンピックに出る”と思っていました」
彼女の前向きな面が垣間見える。“出たい”ではなく“出る”というところがミソである。当時を振り返り、本人は「自分はまだまだこれから伸びるという謎の自信がありましたね」と笑った。
「人よりメンタルは強いかもしれません」と口にする三浦が、2年ぶりの日本選手権に挑む。「今も昔も本番に強いタイプ」の彼女は「試合前は緊張しますが、ユニホームになれば“早く走りたい”とスイッチが入るんです」という。「自己肯定感が高い」と自負するスプリンターは、自らの目標をただ真っすぐに見据える。
(おわり)
<三浦愛華(みうら・まなか)プロフィール>
2002年2月14日、奈良県奈良市出身。中学生から陸上を始める。添上高校を経て園田学園女子大学に進んだ。2年時の3月には日本室内選手権女子60mで、7秒38のU20室内日本新記録をマークして優勝。3年時から日本グランプリの出雲陸上競技大会で、女子100m3連覇中。4年時にはワールドユニバーシティゲームズでは4×100mリレー日本代表に選出され、4位入賞に貢献した。今年5月の世界リレーで4×100mリレーの日本代表として出場した。100mの自己ベストは11秒45。憧れのアスリートはフィギュアスケートの浅田真央。身長158cm。
(文・プロフィール写真/杉浦泰介、写真/本人提供)