3月22日、東京都心を3万5千人の人が走り抜けた。途中から雨に見舞われたものの、走り終えた人たちは皆笑顔。「早くても遅くてもマラソンというのは楽しめる」ことをそれぞれが証明してくれていた。そして沿道の暖かい応援。以前にも増した声援は、「市民マラソンを観る」という文化が育ってきたことを感じずにはいられない。3回目を迎えて市民権を得た感のある東京マラソン。少々過熱気味なところもあるが振り返ってみよう。
(写真:スタート地点で参加者に拍手を送る石原都知事)
 今回、もっとも成長を感じたのは応援だ。それも一般の方でなくボランティアの応援。これは以前とは大きく異なっていた。最初のころは一般の応援者が声を出して盛り上げても、「私は競技役員です」と言わんばかりの冷めた態度。観客の制御や選手の誘導を淡々とこなしているという感が強かった。私も走りながら、「いかにも日本の大会らしいなぁ」と思っていたのを覚えている。

 ところが今年あたりは、一般観客の応援をリードせんばかりの勢い。水や補給食を出しながらも、しっかりと声を出して応援してくれていた。場所によっては業務が終わったスタッフが、まだ競技中の選手の近くに行って応援している姿も見かけた。間違いなく2年前には見かけなかった光景。この成長ぶりに私は感心させられた。

 国内外で多くのスポーツイベントに参加してきたが、どうも国内のイベントはおもしろくない。ドキドキすることはあっても、ワクワクしてくることがないのだ。大会のつくりは競技会の色が濃く、その系統出身の方が統括していることが多い。そのせいか楽しいスポーツイベントになりえていないからだ。

 楽しいイベントにするための一番大事な要素が、スタッフの対応だと私は思っている。どんなにお金をかけて作りこんでも、対応するスタッフが楽しそうでフレンドリーでなければ、その大会に体温を感じることは出来ない。作っている人が楽しくなくて、どうして参加者が楽しめるのだろうか? この思いはいまだに強く、自身がイベント監修するときは、最も大切にしているポイントである。
 
 その観点からみると、今年の東京マラソンは「グレードA」。本当に気持ちのいいものだった。もちろん私がすべて見たわけではないのだが、見かけた限りはどこでも気持ちよく応援してくれていた。他の選手たちに聞いても同じ実感を抱いたようだ。きっと大会関係者の中に、このあたりを強く指導した方がいらっしゃるのだろう。また、荷物の引き渡しなども格段にスムーズになっていた。年々、大会が成長している点は大いに評価しなければならない。

 かといって課題がないわけではない。
 たとえば異常な参加倍率とその活用法。今年の倍率は7.5倍で年々加熱している感がある。人気があるのは悪いことではないが、本気で出たい人が適当な気持ちで申し込んだ人のおかげで出場できないのはどうかと……。

 よく聞くのが「とりあえず申し込んで、当選通知が来たので急いで練習を始める」というもの。まぁ、これもマラソン普及のひとつと捉えればそれまでだが、大会を目標に日頃から練習していた人が、そのために出られないとしたら〜。また高倍率の報道が続いたので、おそらく来年はさらに応募が過熱しそうな雰囲気である。

 この勢いを何かに利用できないものか? そこで私の提案は、エントリーする際にフィーを徴収するというもの。これは出場料とは全く別物で、申込をするための費用と考えてもらえばいい。たとえば1千円程度徴収すると、昨年と同じ申込者数でも2億7千万円! この費用を全額チャリティーに回せば何と有効なことか。そして、たった1千円とはいえ無駄になる可能性があるので、冷やかしの申し込みが減り、本気で出たい人だけが申し込む。

 私はこれが本来の形だと思う。費用が大会の収入でなく、チャリティーに回るのなら誰も文句は言わないだろう。ちなみにチャリティー方式は、海外マラソンにならって東京も来年から本格的に導入を予定しているそうだ。これは素晴らしい試みで、どんどんやればいい。たとえば、高額寄付をした人は自動的に参加権利が与えられるのもいいだろう。「お金で解決することは良くない」という意見もあるが、それなりの金額を寄付したなら、ある程度のメリットを与えてもいいのではないか? もちろん、そのエントリー枠にもある程度リミットを設けるのは言うまでもないが。こうしてどんどん寄付を集めて有効活用すれば、東京マラソンのもうひとつの意義が出てくると思われる。

 さらに、エントリー数ももう少し増やしてもいいのではないか?
 4〜5万人程度の参加者にすれば、もう少し希望者を受け入れることができる。そしてその分、収入が増えることになり、より運営費も賄えることになる。増えた運営費で何をすべきか? それはスタート地点をもう1カ所増やすのだ。これは数か所からスタートし、徐々に合流して行くというもの。国内では先行例がないが、海外のビックマラソンでは珍しくない。多少異なるコースになるため、表彰などは難しくなるが、同じカテゴリーの参加者を集めることにより、それも不可能ではない。

 そもそも今の人数でも1カ所のスタート地点は限界だ。後ろからスタートする人間はスタートセレモニーがあったことさえ知らないくらい隔離されている。たとえば、国立競技場あたりにもう1カ所スタート地点を作り、市ヶ谷か皇居あたりで合流する。これにより、今よりももう少し多くの人が都心を走れると思うのだが……。
(写真:参加者でごった返すスタート付近)

「言うは易し、行うは……」というのは、小さいながらいくつかイベントをオーガナイズしている身としてよく分かっているつもりだ。だが、今の東京マラソンにはそれができる勢いとパワーがある。また東京マラソンが新しい先行例をつくってくれないと、国内のスポーツにおける道路使用の未来は開けてこない。ぜひ関係者の皆さんには頑張ってもらいたいものだ。

「都市マラソンができればいい」という第1目標はクリアした。更なる使命をもって、これからも成長し続けてほしい。


白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。
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