審判5人制はサッカーにとって喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか……。
 FIFA(国際サッカー連盟)のゼップ・ブラッター会長は先頃、審判を3人から5人に増員し、来季からスタートする欧州リーグで試験導入することを発表した。ちなみに審判5人制は昨秋のUEFA・U−19欧州選手権予選で初めて採用された。欧州で実験が成功すれば来年の南アW杯でも導入される可能性がある。
 FIFAによれば増員される2名はゴールライン後方に配置される見通し。いわゆるゴールマウス・レフリーだ。ゴールの判定をより確かなものとし、さらにはペナルティエリア内での不正を厳しく取り締まるのが狙いだ。人手を増やせば、少なくとも今より誤審は減るだろう。しかし、視機能をはじめ、人間の能力には自ずと限界がある。難易度の高い事案に対処するのは容易ではあるまい。

 物議を醸したシーンがある。1966年W杯イングランド大会決勝のイングランド対西ドイツ戦。2対2で迎えた延長前半11分、イングランドのジェフ・ハーストが放ったシュートはクロスバーに当たり、ほぼ垂直に落ちた。スイス人主審はこれをゴールと認め、さらにもう1点を追加したイングランドが戴冠を果たした。ドイツ人の多くは40年以上経った今でも、あのゴールを決して認めようとはしない。仮にゴールライン後方に審判がいたとして、肉眼で正確な判定が下せたかどうかは微妙だ。

 ゴール判定の正確さだけを追及するならICチップボールを採用した方が早道だ。これは2年前のクラブW杯で試験的に導入された。この大会でFIFAのテクニカル・スタディ・グループに加わった小野剛技術委員長はこんな見解を示す。「日本での実験は成功しましたが、外国ではうまくいかなかったようです。これでFIFAはプライドを潰されてしまった。それが審判5人制の背景にあるような気がしています」

 ピッチの「美観」の面からも審判5人制には問題がある。足の止まった審判が2人、デンとゴールライン後方に構えている姿はあまり美しいとは思えない。それはサッカーの躍動美に反する。誤審の撲滅はもちろん急務だが、FIFAは近視眼的にならず、もっと大局的な見地から改革を進めていって欲しい。

<この原稿は09年6月10日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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