春季キャンプ開始も間近に近づき、MLB各チームのオフの補強策も9割方が終了。そして今季に関しては、昨季王者ヤンキースの動きに少なからず疑問を呈す声が地元ニューヨークでも多い。
 ツールの多いカーティス・グランダーソン、昨季ブレーブスのエースとして活躍したハビアー・バスケスを補強したまではまだ良かった。だが松井秀喜、ジョニー・デーモンという昨季の優勝に貢献したクラッチヒッターたちを積極的に引き止めず、代わりに獲得したのは故障の多いニック・ジョンソン、峠を越えたランディ・ウィン。トータルで見ても近年と比べてかなり地味な動きに終始したまま、オフ戦線を終えようとしているようにも見える。
(写真:キャッシュマンGMの方向性に批判の声も少なくないが……)
 そしてその事実が、常に心配性なニューヨーカーを落ち着かない気分にさせている。さて、今オフのヤンキースの方向性は間違っていたのか。それとも派手さのない形でも着実に戦力アップを遂げたと言えるのか。ここでは「攻撃力」「投手力」「守備力」の3つのカテゴリーに分けて検証していきたい。

【攻撃力】

(予想オーダー)
6  ジーター
DH ジョンソン
3  テシェイラ
5  A・ロッド
2  ポサダ 
4  カノー
8  グランダーソン
9  スィッシャー
7  ウィン/ガードナー

 結果的には「松井+デーモン+メルキー・カブレラ」を「グランダーソン+ジョンソン+ウィン」と入れ替えた形。少なくとも攻撃力だけを考えれば、前年の3人トータルのほうが上だと大方のファンが考えている。それがウィン獲得(=デーモン放出)後の地元のヒステリックな反応に繋がったのだろう。
(写真:松井、デーモンの退団は後に響いてくるのだろうか)

 実際に昨季と比べて、やや迫力に欠けるラインナップとなったことは否定し難い。7〜9番打者(もちろん打順変更はあり得るが)はすべて昨季打率が.265以下。実績あるデーモン、松井、メルキー(2009年にサヨナラ打3本)と同等の勝負強さを、新加入の選手たちが供給できるかどうかにも疑問符が付く。特に相手投手にとって料理しやすいグランダーソンは、ニューヨークの新たなブーイング王の座に就任する可能性もありそうだ。

 ただそれでも、大幅な得点力低下までには至らないのではないか。強力な上位打線は引き続き力を発揮するはずだし、昨季出塁率.426のジョンソンは健康を保てば理想的な2番打者と成り得る。去年序盤はケガに苦しんだ4番のA・ロッドは数字を伸ばしそうで、マーク・テシェイラとのデュオはさらに脅威になる。
(写真:A・ロッドは常にチームの鍵を握る存在だ)

 結論を言うと、スタメンの1/3を入れ替えた後でも打線は(昨季ほどではないにしても)リーグ上位と言えるレベルをキープしている。例え総得点数がダウンしたとしても、連覇を狙うチームに相応しい力は誇示し続けるだろう。

【投手力】

(先発)
サバシア
バーネット
ペティート
バスケス
ヒューズ
(ブルペン)
チェンバレン
マルテ
リベラ

 昨季ナ・リーグ有数の投手として活躍したバスケス(ブレーブスで15勝10敗、防御率2.87)の加入で層が厚くなった。
 もちろんバスケスがヤンキースに在籍した2004年後半戦の失速は、まだ多くの人々の記憶に鮮明だし、「彼はビッグゲームピッチャーではない」とオジー・ギーエン監督(ホワイトソックス)に酷評されたメンタル面は気になる。ただヤンキース内では大黒柱役を引き受ける必要はない。バスケスは「先発4番手の役なら力を出せるはず」というのが一般的な見方だ。

 こうして4番手までが固まったことで、先発5番手&ブルペンはよりフレキシブルな起用法が可能になる。まずはフィル・ヒューズ、ジャバ・チェンバレンのどちらかを先発させる方向。そして勝負どころのシーズン終盤には5番手をアルフレッド・アセベス、セルジオ・ミトレ、チャド・ゴーディンらに任せ、ヒューズとチェンバレンで強力セットアッパーデュオを形成してもよい。リリーフ左腕が現時点でダマソ・マルテだけというのも致命傷にはなるまい。
 切り札マリアーノ・リベラの急激な衰えか故障でもない限り、投手陣の総合力は確実にアップしたと言って良い。
 
【守備力】

「近年は守備力のより的確な分析が可能になった」「大物FA選手の質が乏しいため、投、打の大型補強は難しい」といった理由から、守備中心に補強を行なうのが今オフのトレンドの1つとなった。レッドソックス、マリナーズがそれを実践した代表格だが、ヤンキースにも同じことが言えるだろう。

 DH専任の松井、球史に残る弱肩のデーモン、守備力は過大評価気味だったメルキーを放出し、それぞれ守りに定評あるグランダーソン(昨季は凡ミスも多かったが)、ウィンを加えた。守備範囲は狭まったジョンソンもグラブさばきはいまだ巧みで、テシェイラ休養時には安心して一塁を任せられる。

 トータルで見て、チーム守備力は明らかに向上。「打力の若干の低下を、投手力、守備力で補えている」と見るものは少なくなく、それが「地味ながら戦力アップした」と指摘する識者たちの根拠でもある。名手テシェイラを中心に昨季に生み出した好循環の流れに乗り、今季も同様の強化を施した点は評価して良い。

 もちろん優勝メンバーの一部をあえて崩したのだから、批判を受けるのもやむを得ない。しかし綻びがあれば常に補修可能な財政を備えていることまで考慮すれば、守備力重視へのヤンキースの変化は決して「大き過ぎるリスク」とは言えまい。
(写真:ヤンキースタジアムに球音が戻る春が近づいている)


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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