3月13日に行なわれたマニー・パッキャオ対ジョシュア・クロッティのWBO世界ウェルター級タイトルマッチには、50,994人もの大観衆が集まった。
 豪華絢爛なダラス・カウボーイズスタジアムを、米国内のボクシング興行史上3位となる数の熱狂的なファンが埋め尽くした様は壮観。この夜のイベントは間違いなく歴史に刻まれていくだろうし、そう遠くない将来にボクシングはダラスの地に再び戻って来るに違いない。
(写真:舞台設定は素晴らしかったパッキャオ対クロッティだが……)
 ただ……世界的な注目を集めたメインイベントの方は、残念ながら戦前の期待を裏切る内容となってしまった。
 結果は予想通りパッキャオの大差判定勝利。被弾を恐れたクロッティはガードを固めるばかりで、ほとんど手を出さぬまま。パッキャオは普段通りアグレッシブに出たが、これでは如何ともし難い(合計パンチ数は1,231発。549発はジャブで、ガードを貫いてヒットしたのはその内の3%のみ)。人間サンドバッグのようだったクロッティのガードの上を、パッキャオが殴りつける展開に終始し、何とも平坦な流れのまま終了のゴングを聴いた。

 パッキャオが真性ウェルター級の相手をフルラウンドに渡って圧倒したことは驚異で、その点でフィリピンの怪物はさらに高い評価を与えられてしかるべきだろう。ステップの多彩さ、パンチのスピード、それらを持続するスタミナなど今回もほぼ完璧だった。この相手に向かって闇雲に出ていくのは無謀に違いなく、クロッティの消極戦法にも同情の余地があるのは事実ではある。
(写真:カウボーイズスタジアムの巨大ビデオボードのおかげで後方の席でも試合の詳細が楽しめたはずだ)

 しかしファンが50ドルを払わねば視聴できないペイパービュー戦では、主役を張るファイターの責任も大きくなる。好試合を見せるための努力を怠ったクロッティは、批判を浴びても仕方なかっただろう。
「ジョシュアは誰でもKOできるパワーを持っているのに、パンチを出そうとしなかった。完敗だよ。1Rもポイントを取れていないんじゃないか?」(レニー・デヘスス/クロッティのトレーナー)
「クロッティにはがっかりさせられた。タイトルマッチだというのに、彼はまるで勝つ気がないかのように戦ったのだから」(フレディ・ローチ/パッキャオのトレーナー)
このような両陣営のコメントが、世間の声をも分かり易く代弁している。

パッキャオとの対戦にサインした時点でクロッティは125万ドルのファイトマネーを保証され、さらにペイパービューの歩合も転がり込むことがほぼ確定している。合計の報酬は300万ドルを越え、これでガーナの貧困育ちのクロッティは生涯の金銭的保証を手にすることになった。しかしその安息がハングリー精神の欠如をもたらし、「Happy to be here(ここにいれるだけで幸せ)」のメンタリティに繋がってしまった部分はあるのかもしれない。
(写真:計量時から両選手は笑顔で盛んに握手を交わし、やや緊張感がなかった)

 理由はどうあれ、ダラスが舞台の大イベントは、会場の見事さで人々を魅了はしたものの、肝心の試合で画竜点睛を欠く結果となった。そしてこの凡戦の後で、今後に続くべきパッキャオとフロイド・メイウェザーの「決勝戦」の実現がより難しくなったと見る専門家も少なからず存在する。

「パッキャオの責任でないとはいえ、試合がインパクトを欠いたのは事実。今週末に予定される再放送の視聴率も期待できないだろう。一方で、5月1日のメイウェザー対シェーン・モズリー戦は爆発的な興行的成功がすでに確実。そしてもしも試合内容も優れたものになって、メイウェザーが期待通り勝ち抜いた場合、メイウェザー陣営がパッキャオ戦での50−50のファイトマネー分配を飲む確率は低くなる。最新の実績を糧に、55−45か60−40の割合を望むだろう。自身の興行価値を認識するパッキャオ側も折半以外の条件は受け入れないと主張し続けているだけに、ここで火種は大きくなりかねない」
 米王手「スポーツイラストレイテッド」誌の記者は、パッキャオ対クロッティ戦の直後にそんな私見を述べている。

 確かに懸案の薬物検査問題以外に報酬面でもこじれれば、再度の交渉難航は濃厚。だとすれば、全世界待望のパッキャオ対メイウェザー戦への雲行きはさらに怪しくなってきたと言えるのだろうか。
 果たして現場でも、「メイウェザー戦の交渉は再びもつれ、パッキャオは年末にはアントニオ・マルガリートあたりとの対戦に向かうのではないか」といった声も盛んに漏れていた。そう考えていくと、クロッティの「カメ戦法」のダメージが後々まで響いてくる可能性は、確かに低くないようにも思えてくる。

 もっとも……メイウェザーがモズリー戦を突破するかどうかも定かではないだけに、現時点でこの先の展開を云々するのは早過ぎるのかもしれない。まだまだ状況は変わり得る。たとえ2人が「準決勝」を勝ち抜いてもすんなり「決勝」がまとまらないのがボクシングの難しい点だが、一方でタイミング次第であっさり大試合が決まるのもこのスポーツの面白さでもある。
(写真:準決勝第2試合、メイウェザー対モズリーはどんな展開となるのか)

 いずれにしても、ダラスのビッグイベントが中量級戦線に新たなもつれをもたらしたのは事実。様々な憶測が飛び交う中で、今後に関してはとりあえず、もうしばらくは成り行きを見守るしかなさそうである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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