森孝久(南アW杯日本代表チームドクター/愛媛県松山市)最終回「愛媛をアスリートサポートの拠点に!」

(写真:「リハビリ中のピッチャーが投球もできるよう(マウンドとホームベース間の)18.44mの距離がとれる広さになっています」と語るトレーニングルーム)
森が整形外科医を初めて約20年、故郷にも野球独立リーグの愛媛マンダリンパイレーツ、サッカーの愛媛FCと2つのプロスポーツチームができた。クリニックには両チームの選手たちはもちろん、将来のトップ選手を志す10代のアスリートなど、毎日200名前後の患者が訪れる。
「コンセプトは“別メニューはつばさクリニックで”。ケガをした子が別メニューで球拾いをしたり、声出しをしていても、全体練習に早く戻れるわけではないでしょう? それなら全体練習に参加できるよう、ここで専門的に治療をしながらトレーニングをしたほうがいい。そして、チームの中で“こんなことをしたよ”と経験を伝えてくれれば、チームのためにもなる。理学療法士の方と一緒になって、こういうクリニックをつくりたいとずっと思い続けてきました」
愛媛はもちろん四国を見渡しても、このような治療とリハビリ、トレーニングを一体化した施設は珍しい。構想を具現化するにあたっては、「そんな誰もやったことないことが成功するのか」と心配する声もあった。
「“やったことないからダメ”というのは一番の敵ですよ。やったことのない人間に限って、ネガティブなことを言ってくる。それでも僕は実現してきましたから」
今回の日本代表チームドクターとしての仕事もそうだった。代表招集から最低1カ月近くはクリニックを留守にしなくてはならない。しかも滞在日程は成績次第で流動的だ。その間の診察はどうするのか。森が出身の愛媛大学に頼むと、交代で約15名の医師が代診をしてくれることになった。
W杯での経験を後進へ
「結局、6週間もいなかったので、帰ったら見ていないカルテが分からなくなるくらいありました。単純計算で1日200人として、6000くらい。診察後に深夜まで残ったり、休日前には徹夜したりしながら、何とか2週間で全部確認ができたところです」
W杯で日本代表のドクターを務めたのは、4大会でわずか4人しかいない。フランス大会の福林徹(現日本サッカー協会スポーツ医学委員会委員長)、日韓大会とドイツ大会を経験した森川嗣夫、ドイツ大会と今大会に帯同した清水邦明、そして森だ。ある意味、選手より狭き門と言えるだろう。
代表ドクターとしての契約は4年間。とはいえ、そこはプロの世界だ。働きぶりなどで、途中から試合に呼ばれなくなることもある。極端なケース、1試合で“クビ”になってしまうこともあるのだ。
「招集の連絡があった時は、“あぁ、今回も呼ばれたな”という気持ちですね。その点では選手と似た心境かもしれません」
ただ、“代表に残りたい”といった気持ちで仕事をしたことは一度もないという。
「選ばれれば名誉なことですけど、誰がドクターになってもチームがうまくいけばいいと思っています。普段からできることを一生懸命して、請われた時はチームのために精一杯頑張る。そういうプロでありたいなと」
勝てる組織は、そのすべての構成員が同じ方向を向いている。まさに今回の南アフリカでの代表チームがそうだった。試合前のセレモニーでスタメンとベンチ入りの選手、スタッフ全員が肩を組んでいたのが、その象徴だ。森はベンチ入りメンバーが、いつでもゲームに出られるよう準備を怠っていなかったと明かす。そして森自身もプロとして自分の役職を全うした。
今後はこの貴重な経験を後進に伝えていくことが役割となる。次なるゴールはどこにあるのか。
「2017年の愛媛国体に各競技やカテゴリに専門のドクターやトレーナーを派遣できるくらい人材を充実させたい。その中から五輪やW杯に行けるような人間が出てくればと考えています。やはり、こういった現場に関わることは痺れる、いい仕事ですからね」
愛媛だろうと、どこにいようと関係ない。仕事で評価されるプロのサポート集団をつくる。その取り組みは今後、日本スポーツの発展をより下支えしていくに違いない。
(おわり)
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1963年7月16日、愛媛県生まれ。松山東高時代にサッカーで右大腿直筋を断裂したことをきっかけに整形外科医を志す。愛媛大学医学部に入学し、同附属病院で91年に医師生活をスタート。93年から愛媛FCユースのチームドクターとしてサッカーに携わる。01年には愛媛FCトップチームのドクターに就任し、翌年にはユニバーシアード日本代表のチームドクターに。02年日韓W杯では横浜国際総合競技場にてスタジアムの医務を担当する。06年10月より日本代表のドクターに抜擢され、イビチャ・オシム、岡田武史両監督の下で代表チームをサポートした。07年9月には松山市に整形外科つばさクリニックを開院。院長を務める。
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(石田洋之)