グアムとサイパンの間にある小さな島「ロタ」。名前は知られていても、行ったことのある人が意外に少ない島だ。そのマリアナ諸島の小島で、17年間も日本人の手によってトライアスロンが開催されている。一部のファンには圧倒的な人気を誇るロタトライアスロンだが、なぜここでトライアスロンなのか、なぜ日本人なのか。初めて聞いた人は誰しも不思議に思う。そのカギを握るのは大西喜代一氏。この人こそがこの地にトライアスロンを伝えた伝道師なのである。
(写真:緑も花も美しい)
 ロタの最大の魅力は手付かずの大自然だ。緑の濃さ、海の青さはグアムやサイパンとは比べモノにならない。ロタ滞在の後にトランジットの関係でサイパンなどにワンストップすることがあるのだが、海の汚さに泳ぐ気さえしなくなる。そのくらいロタの海は美しく碧いのだ。私も仕事がら世界中の海で泳いできたが、ここの透明度と青さは群を抜いており、泳いでいると空を飛んでいるような感覚になるほどである。
(写真:この海の青さ)






 その理由として、島全体がサンゴの隆起で出来ているため土が少なく、雨などで土砂が海に流れ込まないという土壌の性質と、周囲100kmに人が住んでいる島がないという物理的なところにも大きな理由がある。透明度50mと言われる海はダイバー達にとって素晴らしい場所であり、もちろんトライアスリートにとっても天国だ。
(写真:絵具がこぼれたのかというくらいのブルー)




 しかし、近年は訪問客が年々減っており、行くたびに商店がつぶれていたり、レストランがなくなっていたりと厳しい状況が続いている。その原因はアクセスの悪さ。サイパンやグアムからのフライトが激減し、値段も高いことから、それぞれの島と合わせてロタ観光に来るお客は減ってしまった。また、島内の産業も目立ったものはなく、島人口も確実に減っているのが現状。決して明るい状況ではない。しかし、島民は非常に温和でフレンドリー。道で会ってもかならず笑顔や手をあげての挨拶を返してくれる。戦前に日本人がたくさん住んでいいた事もあり親日感情も悪くない。
(写真:手付かずの自然)


 ただ、チャモロの人々は非常にのんびりしておりガツガツ働くという事がない。ロタタイムというのがあるようで、約束の時間はあってないようなもの。「サイパンの人間は時間時間ってうるさいんだよ。」と島民の方が言っていたが、我々からするとサイパンの人はかなりスローなので、ロタの人の感覚はどうなっているのだという感じだ。この人たちと大会を作るという事は想像するだけでも困難を極める。


 事の始まりは18年前。観光旅行で偶然にロタを訪ねた大西氏が、あまりの島の美しさに惚れて、「この島でトライアスロンやろうよ」と仲間に言ったのがきっかけ。市長にお願いし快諾されるものの、島の人々は誰もトライアスロンというものを知らなかった。そもそも走ったり自転車に乗るという習慣も、この島にはなかった。そして驚くことに、これだけ青い海に囲まれているにも関わらず、彼らには泳ぐという習慣がなかったのだ。「潜って魚を捕る」という行為はあっても、水面を移動するという概念はなかった。大西氏はまず、それぞれの種目を説明、そしてトライアスロンの定義を解説することから始めた。しかし、「なぜ3種目もやるのか?」「何日でやるのか?」というレベルの質問が出る始末。今のようにネットもない時代だけに、書籍を見せ、VTRを見せとトライアスロンの地道な布教活動が続いた。
(写真:受付をする大西氏を中心とした運営スタッフ)




 この翌年に開催した1回目の大会の際に、泳いでいる選手たちをみて「こんなに人間が速く海の上を移動しているのを初めて見た」と島民たちは相当驚いたらしい。驚きのあまり、スイムをトップで上がってきた僕の所に寄ってきて握手を求めてくる人すらいた。レースに集中していた僕は、「コース上に何か飛び出してきた」程度にしか思っていなくて、それを払いのけて自転車に乗っていった訳だけど、市長の握手を払い飛ばした奴として後々まで語られるエピソードになったくらい。もちろんその市長とはフィニッシュ後にがっちり握手しました!?
(写真:ジャングルを走り抜けるようなコース)




 準備に入っても、「外国人が入ってきて何かやっている」程度の意識なので、もちろん誰も手伝ってくれない。大西氏をはじめとしたスタッフは「とにかく自分たちの手でやろう」と、コースづくりや整備、制作物まで手作りで行った。その作業量は相当なものであったはずだが、10数人の仲間が労力を惜しまずつぎ込んでいった。そんなある日、毎日道路を清掃する日本人を見て、現地の方も掃除をし始めた。皆の努力している姿に島民の中で「俺達もやらなくては」という意識が芽生えたらしい。こうして島民の協力の輪がどんどんと広がり、1回目の大会を開催することが出来たのである。
(写真:ロタの名所スイミングホール。訪れる人が少ないからいいのか……)




 最初から何かを要求するのではなく、まずは自分たちの姿勢を見せ、我慢強く待つ。そして、けっして地元を裏切らない。この姿勢こそがあったからこそ、大西氏は地元に厚い信頼を寄せられている。サイパンやグアムなどチャモロ人のコミュニティーでは、独特の習慣や慣習になじめず、イベントはもちろん、ビジネスも上手くいかないことが多い。しかし、大西氏はそんなコミュニティーの信頼を勝ち得ているからこそ、長い期間に渡って大会の開催を可能にしているのだ。
(写真:選手も自然に笑顔)




 今年も11月13日に、150人の選手が青い海を泳ぎ、深いグリーンを走った。たった2000人の島から100人以上のボランティアが出てくれて、島一杯を使って走りまわる。本当に贅沢で素敵な時間。その裏にはこんな人達の熱い思い入れがある。
「20年はやらんとなぁ」と話す大西氏。残念ながら当初予定していた自分がロタでトライアスロンを楽しむという目的はまだ果たしていない……。
(写真:これぞロタ!)




白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)が発売中。
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