11月21日、講道館杯全日本体重別選手権大会最終日(千葉ポートアリーナ)。
 浅見は女子48キロ級にエントリーし、3年ぶりの優勝を狙っていた。世界柔道の決勝で破った世界ランキング1位の福見友子(了徳寺学園職)はアジア大会出場のため欠場。ライバルと目されるのは世界ランク3位の山岸絵美(三井住友海上)、そして同9位で同学年の近藤香(帝京大)だった(ランキングは講道館杯開幕前時点)。
 第1シードの浅見は初戦から準決勝までを危なげなく勝ち抜き、決勝へコマを進める。もう片方のブロックでは、準決勝で山岸と近藤が激突。近藤が勝利を収めた。浅見と近藤の対戦は10月の全日本学生柔道体重別団体優勝大会(尼崎)以来。山梨学院大の大将として参加した浅見は、準決勝の大将戦で近藤と顔を合わせ、投げで技ありをとられて敗れている。
「相手も右組みなので、左の引き手側を意識していたら、いつもとは反対側に投げられたんです」
 この団体戦は世界女王として初めて臨んだ大会だった。当然、相手は浅見の取り口を研究し、マークは厳しくなる。そこへ仕掛けられた“奇襲”。「大学に入って浅見が投げられて負けたのを久しぶりに見た」と山部伸敏監督が振り返るほど屈辱的な敗戦だった。

「技あり」を奪った練習中の技

 世界チャンピオンとして2度同じ相手に続けて負けるわけにはいかない――。「挑戦者のつもりで臨む」と口にはしながらも、見えないプレッシャーがあったのだろう。迎えた講道館杯決勝、浅見は相手の攻撃に押されてしまう。何度も一本背負いで仕掛けようとする相手に対し、防戦を余儀なくされた。時折、足技で反撃を試みるものの、単発で思うように主導権を奪えない。残り2分を切ったところで「指導」を与えられ、苦しい展開になった。

「近藤選手はやっぱり強いです。いい組み手をされて、なかなかこちらの体勢になれなかった」
 もう1度、指導が入って「有効」のポイントを奪われても文句の言えない試合ではあった。ただ、浅見は左の引き手だけはしっかりとつかみ、相手の投げを封じる。近藤もたたみかけられず、両者ポイントなく5分の試合時間が過ぎた。ここから先はゴールデンスコア方式の延長戦だ。どちらかにポイントが入った瞬間、決着がつく。もちろん、浅見は指導を1つでも受けると、その時点で負けだ。

 これを見越して近藤は延長開始早々、袖釣込み腰をみせる。さらには右からの小内刈り。浅見は畳の上に四つん這いになって、これをしのいだ。
「柔道では完全に負けていました」
 相変わらず劣勢が続く浅見に山部監督は思わず叫んだ。
「迷うな! 迷うな!」
 その瞬間だった。浅見は左で相手の腕を釣り、右で相手の袖を掴んで自らの懐へ引きつける。そのまま体を反転すると、近藤の体が浅見の腰に乗り、フワリと浮いた。やや強引な体勢ながら、そのまま体を前に倒し、投げ切った。相手が肩から畳に落ちる鮮やかな袖釣込み腰。主審の腕がさっと横に開き、「技あり」を宣告した。苦しみながらつかんだ3年ぶり2度目の講道館杯制覇だった。

 勝利が決まった直後、世界柔道では勝っても平然としていた浅見の目からはボロボロと涙がこぼれた。
「山部先生から決勝の前に“これで山梨学院大の柔道着で試合をするのは最後だ”と言われました。だから、どうしても負けて終わるわけにはいかなかったんです。内容はともかく結果を出せてホッとしました」
 畳の上で4年間の大学での思い出が走馬灯のように蘇った。高校では1度も日本一になれなかった自分が、大学では世界チャンピオンにもなれた。感謝の気持ちとプレッシャーに打ち克った安堵感が涙に変わった。

「もう右の釣り手が封じられていたので、右からは技をかけることができない。もう逆方向で思い切って攻めよう。そんな意味で“迷うな”と叫んだんです。でも、まさか、本当にその通りやってくれるとは……」
 山部監督は弟子が繰り出した起死回生の投げに感心しきりだった。大一番でみせた、この袖釣込み腰は最近、稽古を重ねていた技だ。「練習でよくかかってきて、自信がついてきた技だったんですよ」と本人は事もなげに語るが、「未完成の技でも思い切って試合で使えるところが浅見の強さ」と山部監督は解説する。
「この4年間で技のバリエーションは着実に増えていきました。彼女の場合は、こちらがアドバイスした技を反復して自分のものにする力がある。まさに“継続は力なり”なんです」

 若さがアドバンテージ

 次の試合は12月11日に開幕するグランドスラム東京(東京体育館)だ。この大会には福見、山岸、近藤と強豪が勢ぞろいする。「あぁ、また試合かという感じです(苦笑)」。世界柔道後は一躍ヒロインとなり、気が休まる時がない。とはいえ気を緩めてもいない。現在の浅見について山岸監督は次のように証言する。
「練習に対する姿勢がより厳しくなりましたね。来年は五輪の前年になり、外国人も調子を上げてくる。国際大会も続きますし、確かに気を抜く暇はありません。それでも世界柔道で優勝したら、少しはホッとしてしまうのが人間でしょう。先を見据えて練習に打ち込む姿勢は本当に素晴らしいと思っています」

 ロンドン五輪行きの搭乗券は日本で各階級1枚のみ。そのチケットを入手するには、まず世界ランキングで14位以内に入らなくてはいけない。ただ、浅見、福見、山岸、近藤の4選手は現時点でその条件をクリアしている。となれば、運命を左右するのは国内選考だ。端的にいえば、ライバルたちとの直接対決でいかに勝つかが、ロンドンに直結すると言っても過言ではない。
「地力は福見、山岸とほぼ互角です。浅見のアドバンテージがあるとすれば若さでしょう。まだまだ試合をやれば強くなりますし、そこで勝てば、また一回り大きくなる。五輪の代表決定までは、もう1年半。今の勢いのまま伸びていってほしいですね」
 山梨学院大の西田孝宏総監督はライバルの力関係をこう分析し、教え子に期待を寄せる。

「誰が勝つか本当に分からない。一戦一戦、切り替えて頑張ります!」 
 浅見は明るく今後の決意を語った。自信はあっても、過信はしない。自負はあっても、奢りはしない。ロンドン五輪の表彰台で1番高いところへ立つため、22歳の女王は自らの手でボーディングパスをつかみにいく。

(おわり)
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浅見八瑠奈(あさみ・はるな)プロフィール>
1988年4月12日、愛媛県出身。柔道一家に生まれ、3歳頃から柔道をはじめる。新田高では3年時にベルギー国際で初優勝。山梨学院大に進学後、1年時に全日本ジュニア、講道館杯を制覇。昨年は国際大会5戦ですべて優勝と強さをみせる。今年4月の選抜体重別で2位になり、世界選手権出場が決定。初出場ながら初優勝をおさめた。来春からはコマツに入社予定。組み手は右、得意技は背負い投げ。身長153センチ。





(石田洋之)
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