大学生活も2年が過ぎようとしている。4月から3年生になる多木裕史は上級生だ。これまでとは違い、主戦としての活躍、結果を当然のように求められる。そのことを多木自身も十分に理解しているようだ。
「本当にあっという間の2年間でした。いろいろな経験をさせてもらったので、それを活かしてチームを引っ張っていけたらと思っています」
 表情はクールだが、胸に秘めているものはあるようだ。
 大学1年生で鮮烈なデビューを果たし、法政大学の不動のレギュラーとなった多木に対し、2年生になると相手ピッチャーの攻め方は厳しくなった。1年生の時とは配球の組み立てがガラリと変わったという。その結果、春は打率2割3分8厘に終わった。しかし、多木に迷いはなかった。

「結果はあまり気にしていないんです。結果がどうであれ、自分自身で納得したバッティングができているかどうか。だからヒットが出ていなくても『いや、いい感じだ』と思って開き直っていました」
 その言葉通り、秋は打率3割1分9厘をマーク。再び存在感を示した。

 今や大学球界を代表とする内野手となった多木は、日本代表でも常連となりつつある。初めて日の丸を背負ったのは大学1年の11月。NPBのセ・パ誕生60周年記念のイベントとして開催された「U−26NPB選抜vs.大学日本代表」だ。対戦したピッチャーの中には、昨季沢村賞に輝いた前田健太(広島)もいた。

「前田投手は一番印象に残っています。とにかく球が速くてコントロールもよかった。テレビで見ていた通りのすごいピッチャーでした」
 他のピッチャーも「さすがプロ。自分との差を感じた」という多木だが、それは決して埋められないものではないとも思っようだ。「慣れもあると思います」。その言葉に彼の自信の大きさが伺えた。

 その自信はテレビで観戦していた親友の大坂誠にも感じられたようだ。
「体がひとまわり大きくなったように見えましたね。プレー自体はそれほど変化はなかったように思いました。高校時代から際どいコースに投げてもファウルしてかわし、決して甘い球は見逃さないようなバッターでしたから。でも高校とは違うすごさがあった。オーラみたいなのが感じられたんです」

 昨夏は世界大学野球選手権にも出場した。多木にとってはこれが初めての国際大会。衝撃を受けたのはキューバだった。
「同じ大学生なのに、レベルが全く違いました。スイングスピードと体の強さは僕らとは比較にならなかった。とにかく圧倒されましたね。対戦していて、楽しくも何ともなかったです」
 自分のパワー不足をまざまざと感じさせられた試合だった。この経験がどう活かされていくのか。それは多木次第だといえるだろう。

 今後、目指すのは打席でオーラを放てるバッターだ。
「存在だけで怖がられる選手になりたい。打席で立っているだけで、打ってきそうな雰囲気を醸し出せるバッターになりたいですね」
 最終目標はもちろんプロだが、まだ具体的なイメージは湧いてきていない。まずは目の前に迫りつつあるリーグ戦を見据え、2年時で減少した打点アップを狙う。そのためには調子をいかにキープできるかが重要だと考えている。
「トーナメントの高校時代とは違い、大学でのシーズンは2カ月間という長丁場。その間に調子を崩してしまったら終わりなので、自分のバッティングを上げようとするのではなく、いかにキープできるかが大事になってくると思います」
 多木の挑戦はこれからが本場。2年後の秋、プロへの道を切り拓くために――。

(おわり)

多木裕史(たき・ひろし)
1990年5月12日、香川県丸亀市生まれ。小学4年から軟式野球をはじめ、高校は父親が監督を務める坂出高に進学。遊撃手兼投手として活躍し、2年時には県大会準決勝に進出した。法政大では1年春からレギュラーを獲得し、打率3割4分1厘、チーム最多の12打点をマーク。ベストナインにも選ばれた。さらに全日本大学選手権では打率6割6分7厘をマークし、首位打者賞を獲得。同大14年ぶりの日本一に大きく貢献した。177センチ、74キロ。右投左打。








(斎藤寿子)
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