倒されても倒されても立ち上がる男がいる。
 日本スーパーフェザー級3位の大村光矢(三迫)だ。これまでの戦績は13勝(9KO)5敗1引き分け。昨年9月には、階級をひとつ上げ、荒川仁人(八王子中屋)の持つ日本ライト級王座に挑戦したが、2Rにダウンを喫し、5R54秒TKOでリングに散った。過去の試合でも序盤にダウンを奪われたことが5度もある。しかし、そのたびに立ち上がり、スイッチが入ったように相手に襲いかかった。そのうち2度は派手な逆転KOで勝ち名乗りを受けた。
「大村の試合は観ていておもしろい」
 コアなボクシングファンの間では、そんな評価をされている。
「大村は負けん気が強い子なんだよ」
 ジムの三迫仁志会長に彼について訊ねると、真っ先にそんな言葉が返ってきた。
「ボクシングをやるヤツって、みんな気が強そうに見えるけど、気が弱いヤツだっているんだ。8Rとか10Rとかボクシングをやっていると、絶対に苦しいラウンドが出てくる。そういう時に気の優しいヤツは頑張れない。ボクシングは殴り合いだからね。どんなに才能があるヤツでもファイティングスピリットがないヤツはダメだから」

 もちろん気持ちだけで、立ち上がれるほど、ボクシングは甘いスポーツではない。折れない心を支えるだけのスタミナも大村の武器だ。彼の朝は早い。5時30分には目を覚まし、6時からロードワークを開始。1時間ほど走って、朝食を摂る。その後、平日は毎日、近くのラーメン店で11時から夕方まで働き、ジムでのトレーニングは18時30分から。21時ごろまでみっちりと汗を流した後は、必ず近くの公園で個人練習に励む。夕食の時間はそれからだ。プロとして当然とはいえ、すべてはボクシングが中心の生活を送っている。
「オレは人のやっていないことをやっている。そう思えれば、試合で苦しい時に支えになって頑張れるんです」

 13勝中9KOをおさめているように、パンチの強さもある。相手が一瞬でもスキを見せれば、右、左と強烈な拳が飛んでくる。ミット打ちの練習を見ても、グローブがシュッ、シュッと空気を切り裂きながら、バンッ、バンッと鋭い音を立てる。その振動は見ているこちらにも伝わり、身震いするほどだ。相手を務める射場哲也トレーナーも、思わず顔をしかめながら言った。
「もともとパンチは強かったけど、最近はしっかり狙ったところに当たるようになりましたね。ストレートでもいいパンチがよく入る。去年の荒川戦の前には、胴ミットの上からボディを受けて、しばらく痛みが引かなかったんですよ。たぶん肋骨が折れていたんじゃないでしょうか。本当は試合で、そのパンチを当ててほしかったんですけどね」

 まだ伸びしろがある

 決してエリートボクサーではない。高校は中退し、ヤンチャもたくさんした。極真カラテの経験を経て上京し、三迫ジムの門を叩いた時には23歳になっていた。最初はまったくパンチが当たらず、悔しくて相手に蹴りをくらわせてしまったこともある。
「会長に“何やっているんだ! カラテじゃねぇんだぞ”と怒鳴られましたね(苦笑)」
 それくらい誰にも負けたくなかった。

 三迫ジムといえば、かつては輪島功一(WBA・WBC世界スーパーウェルター級)、三原正(WBA世界スーパーウェルター級)、友利正(WBCライトフライ級)と世界王者を輩出した名門ジムである。中でも、日本で初めて重量級の世界王者となった輪島は炎の男と呼ばれた。一時は世界王座を陥落しながら、2度返り咲きを果たした不屈の精神力と、“カエル跳び”に代表される小さな体を生かした頭脳的なボクシングは多くのファンを魅了した。

 大村もそんな偉大な先輩と共通項がある。何より輪島もボクシング経験がなく、25歳とデビューが遅かった。打たれても打たれても相手に向かっていった姿も、どことなく重なる部分がある。体力的にもハードなボクシングは20代後半がピークと言われることが多い。しかし、輪島は34歳まで現役を続けた。
「だからね、ボクサーは10年やれると思っているの。大村だって、24歳になる年でデビューしたんだから、まだ5年はやれる」
 この4月で大村は30歳になった。だが、まだ伸びしろがあると三迫会長は見ている。

 目指すは平成の輪島功一だ。大村は輪島の試合映像を観て、その動きに学んでいる。射場トレーナーも「頭を低くして入ったり、そういう変則的な動きを身につけたら面白くなる。輪島さんの“カエル跳び”みたいな相手がイヤがることをやれば、一皮むけるはず」と語る。
「輪島さんのボクシングは見ていておもしろい。遅咲きのチャンピオンというだけでなく、そういったお客さんを引き付けるボクシングをできる点も見習いたいですね。ただ、カエル跳びはさすがにマネできないですけど(笑)」

 倒されても倒されても、雑草はたくましく根を張り、芽を伸ばし、成長する。輪島もそうだった。大村にも、いつか花を咲かせる時がやってくるのか。今はその日が来ることだけを信じ、自らの拳を磨いている。

(第2回につづく)

<大村光矢(おおむら・みつや)プロフィール>
1981年4月2日、愛媛県出身。日本スーパーフェザー級3位。高校を中退後、極真カラテの道へ。全国大会出場も果たすなど実績を残し、2004年に上京。プロ格闘家を目指して、ボクシング技術を磨くため、三迫ジムに入門。そこでボクシングの魅力に惹かれ、05年にプロデビュー。翌年、東日本新人王トーナメントで準優勝に輝く。09年に日本ランカー入りすると、10年9月に日本ライト級王座に初挑戦。5RTKOで敗れるも、本来のスーパーフェザー級での王座獲得を視野に入れている。強靭なスタミナとスピードを生かした突進が持ち味の右ファイター。身長168cm。



(石田洋之) 
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