第172回 体育館に大きな渦を巻いた日

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 1月23日、石川県立いしかわ特別支援学校にて、ユニバーサル野球体験授業が実施されました。私は石川県にてインクルーシブ教育アドバイザーを拝命しており、お手伝いをさせていただいたものです。

 ユニバーサル野球は、5メートル四方の巨大野球盤を使って行うスポーツです。

第166回 中村さんの宝石箱 ~ユニバーサル野球・無限の進化~

 

(写真:馳浩石川県知事<中央>、堀江泰堀江車輌電装社長<右>もお越しくださいました)

 小学部・中学部の児童生徒がチームを組みました。チームは肢体不自由教育部門、知的障害教育部門で編成され、対戦しました。

 ルールは両チームが同じ回数ずつ打ち、得点した数の合計を競うものです(一塁打=1点、二塁打=2点、三塁打=3点、ホームラン=4点)。

 

 体育館は選手入場前から、熱気に溢れていました。子どもたちで考えたチーム名「ファイヤーズ」「レッドエース」……などが、ホワイトボードに貼り出されています。

 事前学習でつくった応援グッズ、大太鼓などもずらっと並んでいました。応援の練習もしっかりしたそうです。ふと見ると、手づくりの場内アナウンス(いわゆるウグイス嬢)用の放送席もありました。

 

 選手、先生たちが入場してきました。いろいろなグッズを身に着けた子、プロ野球チームのユニフォームを着た子、みんなやる気まんまんです。“なんてすごいパワーなんだ”と驚かされました。

 

(写真:応援団長のようですが、先生です)

 先生たちもすごい。それぞれいろいろなチームのユニフォームを着た先生。そして、どこから持ち出したのか、学ランに赤いたすきとはちまきの格好をした先生も。これはどう見ても応援団長です。しかし、この先生は突然マイクを持ち、司会を始めたのです。

「おはようございます。礼!」

 

 体育館が日常を離れ、球場と化しました。野球場で試合をする演出をこれでもかと盛り込み、子どもたちがとことん楽しめるように。全員参加できるような工夫がなされていました。

 

 この前日、学校を休んだ子がいました。保護者から「野球を楽しみにしているから、本番に備えて念のため前日は休ませます」と連絡があったとのこと。保護者も力が入っています。

 

(写真:「1番~ピッチャー~・・・」。場内アナウンスの黒坂麻樹先生)

 黒坂麻樹先生のアナウンスが鳴り響きます。

「一番、ピッチャー、〇〇〇〇さん~」

 まるで千葉ロッテのZOZOマリンスタジアムを思わせる名調子です。

 

「こういうの、やりたかったんです! やらせてやらせてって。勝手にいろいろとお願いしました。今日の試合に守備はないんですが、ピッチャーとかセカンドとか、これ(ポジション)を勝手につけてみました。思いっきりそれっぽくやりたかったんです。盛り上がるかな~」

 かなり盛り上がっています。

 

(写真:実況する三谷洋介先生)

 三谷洋介先生とお目にかかるのは2度目でした。じっと思慮する、落ち着いた方、だったはず。東北楽天ゴールデンイーグルスのユニフォームを全身にまとい、なんと試合の実況を始めるではないですか。初めは耳を疑いました。よどみなく流れるような実況と、大声・がなり声が混ざる迫力。別人でした。

「一緒に準備した先生が今日は(体調を崩して)いない。俺がやらなきゃ。やったことないけど。でもマイクを持って、子どもの笑顔を見たら、何か違うスイッチが入って。ついつい自分が盛り上がって。こんなんになってしまった」と息も荒く満面の笑顔で話してくれました。

 

 ユニバーサル野球開発者の中村哲郎さん(堀江車輌電装株式会社・東京都)も、もちろん会場で盛り上げます。

「支援学校の先生は、いつも工夫している。こうやったらこれができるかな? こんな道具をつくってみようかなって。それは熱心に。この野球が日常でやってみたことの実現の場になると嬉しいんです。ほら、野球もできたって。成果の発表みたいに」

 

(写真:じっくり時間をかけて、自分の手でバッティング)

 アナウンスで自分の名前を呼ばれるのを待って、ネクストバッターズサークルから勢いよく飛び出す子。

 わずかに動く手を、先生と一緒に時間をかけて精一杯動かし、自分の手でバッティングできた喜びを表情いっぱいに見せる子。

 

「楽しかった」「うれしかった」「打てたからよかった」「難しかった」

 子どもたちの言葉はシンプルです。けれど、打球がアウトになると怒ったように悔しがる子がたくさんいました。ルールや勝負の意味を理解していることの証左です。

 

(写真:体育館が参加者の熱気に包まれた1日でした)

 いしかわ特別支援学校の杉江哲治校長は言います。

「一人ひとりの子が自分で行ったことがこうなったという因果関係を理解している」

「何よりも、子どもたちが自分の持っている力を発揮し、そして、そんな友達の姿をみんなで応援する。だからこんなに盛り上がる」

 

 たった1日の野球授業に、児童・生徒・先生、そして保護者も、本気でエネルギーを注ぎました。それぞれがそれぞれを巻き込む力が起こり、相互に作用し、体育館いっぱいに大きく渦を巻いている1日でした。

 

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。2024年、リーフラス株式会社社外取締役に就任。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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