現役最強と目される2人のボクサーが、9月、11月と相次いで試合を行なうことが決まった。
 無敗の5階級制覇王者フロイド・メイウェザーはビクター・オルティスと、8階級をまたいで活躍を続ける現代の拳豪マニー・パッキャオはファン・マヌエル・マルケスと、それぞれラスベガスで雌雄を決する。
(写真:メイウェザー(左)はオルティス、マルケス(右)はパッキャオとそれぞれ対戦が決まった)
 この時期に2人がリングに登場するということは、その後に何が期待されるかはもう言うまでもない。昨年もメイウェザーとパッキャオはそれぞれ強豪を打破し、「準決勝」を突破したものの、ついに直接対決は実現しなかった。両者が順当に勝ち抜けば、待ちに待った「ファイナル」がついに来年5月にも実現するのではないか。そんな希望に満ちた噂話が、米ボクシング界に飛び交い始めている。
 ただその一方で、今回の一戦は両者にとってそれほど容易なものにならないという気配が漂っているのも事実。両者は再び組まれた「準決勝」を無事に勝ち抜き、近代ボクシング界最大の対決に駒を進めることになるのだろうか。

 9月17日 ラスベガス
フロイド・メイウェザー(アメリカ/41戦全勝(25KO))

ビクター・オルティス(WBC世界ウェルター級王者/アメリカ/29勝(22KO)2敗2分)

 まだ知名度自体はもうひとつだが、オルティスは早くからその素質を高く評価されてきた選手である。
 ESPN.comはオルティスを2008年最高プロスペクトに選出。2009年に臨んだ初のタイトル挑戦こそマルコス・マイダナに苦杯をなめたものの、今年4月には無敗だったアンドレ・ベルトに判定勝ちして初の世界王座に到達した。左右両方にKOパワーを秘めており、同時にスキルも備えているのも魅力だ。
(写真:若武者オルティスはメイウェザーをどこまで追い込めるだろうか)

 しかしこのオルティスには、キャリアのこの時点では、もう矯正の難しそうな明白な弱点を持つのも事実である。とにかくディフェンスに関しては完全に無関心で、打ち気にはやるあまり相手のパンチをまともに貰うケースが頻繁に見られる。その欠陥が、マイダナ戦の敗北、ベルト戦での2度のノックダウンに繋がってしまった(ベルト戦は2度倒し返して勝つには勝ったが)。

 好調時のメイウェザーなら、相手のそんなスキを見逃すまい。オルティスは序盤から積極的にプレッシャーをかけてくるだろうが、メイウェザーは中盤のラウンドまでには動きを見極め、ガラガラの顔面を叩き続けるだろう。順当ならばシェーン・モズリー戦のように手数を出させなくした上で判定勝ちを飾るか、あるいはリッキー・ハットン戦のようにカウンターでKOを飾るのではないか。

 ただ……それらはすべてメイウェザーが完調だった場合の話。未だ無敗を保つスピードスターも34歳になり、しかも前の試合からはもう1年以上も遠ざかっている(16カ月ぶりのファイト)。反射神経の若干の衰えか、あるいは試合勘の鈍りかによって、メイウェザーが前半にオルティスの強烈なブローを貰えば試合は分からなくなる。

 昨年5月のモズリー戦の第2ラウンド、メイウェザーは相手の右パンチを受けて動きが止まる場面があった。黄昏期のモズリーにはそこから追い込む足はなかったが、24歳で今まさに全盛期を迎えるオルティスは話が違う。オルティスが慎重さに欠ける点もむしろ幸いに働き、意外なシーンが見られるかもしれない。

 メイウェザーはここ数戦でも衰えなどまったく垣間見せてないが、しかし鈍りとは得てして急激に訪れるもの。30代半ばとなれば、身体能力で売ってきたボクサーにとって転機となりかねない年齢のはずだ(もちろんメイウェザーには技術の裏付けもあるが)。

 メイウェザーがサウスポーのオルティスを相手に選んだことは、一般的に「ついにパッキャオ戦に臨むと決意したときのための予行練習」とみなされている。確かにパワフルなパンチャーであるオルティスとパッキャオの共通点は少なくない。しかしこの「予行練習」は、メイウェザーにとって過去3戦(対モズリー、マルケス、ハットン)より遥かに危険の大きなファイトだと筆者は考えている。
 特に前半4ラウンドまでに注目だ。その間に、過去にメイウェザーがみせてきたどの試合よりもスリリングな攻防が展開される可能性は十分にあるだろう。

 11月12日 ラスベガス
マニー・パッキャオ(WBO世界ウェルター級王者/フィリピン/53勝(38KO)3敗2分)

ファン・マヌエル・マルケス(WBA、WBO世界ライト級王者/メキシコ/52勝(38KO)5敗1分)

 このカードは過去にすでに2度に渡って実現している。
 第1戦は両者がまだフェザー級だった2004年。このときはパッキャオが初回に3度のダウンを奪いながら、マルケスが後半に追い上げて引き分けに終わった。続いて2008年にはスーパーフェザー級のウエイトで再戦し、またもダウンを奪ったパッキャオが僅差の2−1で判定勝ち。とにかくどちらも大接戦で、制したラウンドの数だけならマルケスのほうが多かった。
(写真:パッキャオとローチトレーナーはライバルとの3度目の対戦に臨む)

 近年は飛ぶ鳥を落とす勢いで、どんな相手も圧倒的な形で片付けてきたパッキャオ。しかしそんなフィリピンの英雄に、最後の大苦戦を味わせたのがマルケスだったと言ってよい。
「マルケスはパッキャオ相手の戦い方を知っているのかもしれない。今回の試合に向けても、私は最高のファイトプランを考えなければならない」
 パッキャオの名参謀フレディ・ローチ・トレーナーもそう語り、警戒心を露にする。実際にこの3度目の対決も、ハイレベルな長期戦となることが濃厚。そしてカウンターに抜群の冴えを見せるマルケスが、またもパッキャオを大いに苦しめることになるのではないだろうか。

 マルケス側の懸念材料を挙げるなら、契約ウエイトがウェルター級圏内の144パウンドで予定されている点。パッキャオはウェルター級でも力を出せることを十分に証明しているのに対し、マルケスは同階級で試合をしたのは一度だけ。そして、そのときはメイウェザー相手にまるで力を出せず、大差の判定負けを喫してしまった。ウェルター級では、やはりパッキャオにパワー負けするのではないかという意見も一理あるだろう。

 一方、パッキャオについては、あくまで個人的な印象だが、ここ数戦はキラーインスティンクト(殺戮本能)に陰りが感じられるのが気になる。昨年11月のアントニオ・マルガリート戦でレフェリーにストップを要求したり、直近のモズリー戦でも相手の執拗なグローブタッチに付き合ったり。もちろんリング外では常に誰に対しても友好的だった選手だが、最近のリング内のパッキャオに一時期ほどの野性的な凄みを感じなくなっているのは筆者だけだろうか? 仇敵打倒に執念を燃やすマルケス戦では、そんな勝手な心配を吹き飛ばすようなファイトを期待したいが……。

 とりあえず現時点では、願望も込めて、筆者はパッキャオの勝利を予想している。苦しみながらも、ときにより分かりやすい形でダメージを与え、2戦目と同じような形で接戦を制するのではないか。しかし、そう考えながらもマルケスとの相性の悪さに一抹の不安も残る。単刀直入に言って、パッキャオがメイウェザー以外に負けるとすれば、それはこの試合だと考えている。
(写真:この2試合の会場となることが決定的のMGMグランド。両試合当日は凄い盛りあがりになりそうだ)

 現在のボクシング界には、「メイウェザー対パッキャオが来春までの間に大きく実現に近づきそう」という最近にない楽観的な雰囲気が漂い始めている。
 その気運を守るべく、パッキャオには難敵相手に会心の試合を期待したい。ここで難易度の高い相手を明白に下しておけば、そのときには、改めて「もう残る相手は一人しかいない」というムードが盛り上がるはずだろうから。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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