今夏、ニューヨーク・メッツが重大な岐路を迎えようとしている。
 これまでチームを支えてきたカルロス・ベルトラン、フランシスコ・ロドリゲス、ホゼ・レイエスの3人が、今季終了後に揃ってFA権を獲得する。彼らをすべて残留させるのはどうやら難しそうなだけに、チーム側が今のうちに誰かを放出し、見返りを得ておこうと考えるのは当然である。おかげで3人の周囲には、開幕直後からトレードの噂が絶えず飛び交い続けてきた。
(写真:特にレイエスの去就問題がメッツにとって最大の焦点である)
 昨季はケガに悩まされたベルトランだが、今季、ここまで打率.281、12本塁打と復活。パワフルなスイッチヒッターは貴重な存在だけに、レッドソックス、ヤンキース、レンジャーズ、タイガース、ホワイトソックスといった強豪が補強ターゲットとしてマークしていると言われる。

 今シーズンすでに20セーブを挙げている“K・ロッド”ことロドリゲスも、ブルペン強化には最適の人材(注/ロドリゲスの契約には「試合終了時のマウンドに立っている回数が今季55戦を越えたら、来季の1750万ドル(約14億円)オプションが自動的に行使される」という奇妙な条項が盛り込まれており、移籍先探しは少々厄介ではある)。そしてレイエスに至っては、打率.352、30盗塁とキャリア最高級の好調ぶりでMVP候補にすら挙げられている。

 今季、優勝を狙うコンテンダーの中で、この3人のうち1人も欲しくないチームなど存在しないはず。さらにメッツ側からみても、シーズン中のトレードのメリットは大きい。オーナー陣が詐欺事件に巻き込まれてしまったおかげで、現在、球団は極端な資金不足。そんな状況では、まず高給取りたちを早めに売り払い、晴れて再建を開始するのがメッツにとっても最善の選択と言えるのだろう。
(写真:レイエス、ライトの2人は長くニューヨークで活躍し続けると誰もが予想したが……)

 ただ……問題は前評判の低かったメッツが今季、意外な健闘を続けていることだ。チームの看板であるデビッド・ライト、エースのヨハン・サンタナ、若手スラッガーのアイク・デイビスは揃って戦線離脱中。それにも関わらず、6月30日の時点で41勝40敗と勝ち越しレコードを残している。
 相当なマニアでなければ名前も知らないような無名選手が打線に名前を連ねながら、日々、全力プレーで奮闘。ワイルドカードのブレーブズまでまだ5.5ゲーム差と、絶対に手が届かない位置にいるわけではない。良くも悪くも期待を裏切るのが得意なメッツは、今季もMLBのサプライズチームの1つになっている。

 そしてそんな「嬉しい誤算」がゆえに、今後の方向性が余計に難しくなってしまっているのだ。ここでチームの要であるベルトラン、K・ロッド、レイエスを手放せば、“白旗”を挙げたも同然。昨季から1試合平均約3000人も観客動員数を減らしているメッツは、さらにネガティブなメッセージ(=プレーオフ争いギブアップ)をファンに送ってしまうことにもなる。
 特に生え抜きスターのレイエスは、未だに「メジャーで最もエキサイティングな選手」と言われ、地元でも圧倒的な人気を誇る。その選手をここでトレードしてしまったら? 負けず嫌いでせっかちなニューヨーカーが、MVP候補を放出するようなチームを好意的に受け止めてくれるだろうか?
(写真:スター選手を放出すれば、後半戦では観客動員数がさらに減ることは確実だ)

 いずれにしても、これから来るべきトレード期限(7月31日)までの間に、メッツ首脳陣は極めて重要な決断を迫られることになる。
 早々と将来を見据えるか、それとも現行ロースターでベストを尽くすか。今後、数週間で負けが込んでしまえば判断は容易になるが、現在のようにプレーオフ射程圏内にいた場合、引き金を引くのは困難になる。

 たとえ大健闘しているとはいえ、現実的に今の戦力ではメッツがポストシーズンに進むのは難しいだろう。それでも可能性が残っているうちは全力を尽くさねば、ファンは納得しない。このあたりにニューヨークのような大都市でのチーム作りの難しさがある。
 そしてもしも噂通りに、例えばレイエスがジャイアンツ、ベルトランがレッドソックス、K・ロッドがヤンキースといった強豪チームに移籍したら、MLBの勢力地図にも大きな影響を及ぼすことになる。そういった意味で、メッツを今季の優勝争いの鍵を握るフランチャイズの1つとみなすこともできる。
(写真:未だ力を残すベルトランを獲得したチームは大きく戦力アップするはず)

 意外な形で2011年の注目チームとなったメッツは、今夏、どんな方向に足を踏み出していくのか。これから1カ月間、レイエス、ベルトランらの背中に、全米のファンの視線が注がれることになりそうである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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