第137回 27秒TKO負け……惨敗したヴァンダレイ・シウバに想う

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 オクタゴンの中央でマットに崩れゆくヴァンダレイ・シウバ(ブラジル)の姿を見ながら、寂しさを感じずにはいられなかった。
 7月2日(現地時間)、米国ネバダ州ラスベガス、MGMグランドガーデンで開催された『UFC132』のセミファイナルに登場したシウバは、クリス・レーベン(米国)と対戦し、試合時間は僅か27秒、TKOで敗れた。
(写真:PRIDE時代は約5年間無敗。絶対王者と呼ばれていたが……)
 敗れたから言うわけではないが、試合前からシウバに、かつての輝きを感じることができなかった。テーマ曲『Sandstorm(サンドストーム)』に乗って入場する彼の瞳から、シュートボクセ・アカデミー時代には宿っていた相手を威圧する“狂気”が消えていた。この試合を『WOWOW』で観た多くのファンも、そのことに気づいたのではないだろうか。

 1999年から2006年の間に『PRIDE』のリングにおいて、12人の日本人選手がシウバと対戦し、全員が敗れている。その中の1人が私にこう話したことがある。
「嫌なんですよ。あの曲(Sandstorm)を聴きながら、アイツが入場してくるのをリングで待っているのが。どうしても、それまでのアイツの闘いぶりが頭に浮かんでしまうんです。恐くなって、ゴングが鳴った後、自分の考えていた動きができなかった」
 メンタリティが弱いと言われてしまえば、それまでだが、私は彼の気持ちがわかるような気がした。それほどまでに、PRIDEのリングに上がっていた頃のシウバは、強烈なオーラを発していたのである。

 2000年代前半に、私はブラジル・クリチーバにある『シュートボクセ・アカデミー』を何度かたずねたことがある。
 ある時、練習時間になっても、シウバがアカデミーに姿を見せなかった。彼の師であるフジマール・フェデリコ(シュートボクセ・アカデミー会長)は彼に電話をかけて怒鳴っていた。
「いいか、すぐに来い。絶対に来い。いいな、今日お前がアカデミーに来ないことは許されない。わかったな」

 それから1時間ほどしてシウバはアカデミーにやってきた。
 準備のためのストレッチもそこそこに、シウバは、フジマールに言われてリングに上がり、ジムの後輩で、のちにUFC世界ライトヘビー級王者となるマウリシオ・ショーグンとスパーリングを始めた。それはそれは激しいスパーリングだった。本番さながらに打ち合い、グラウンドの攻防でも容赦なく相手の顔面に拳を叩き落としている。

 時間は決められていない。フジマールが合図を送るまで、スパーリングは続く。最初のラウンドは13分だった。次が12分。その次は20分を過ぎても、2人の闘いを凝視しているフジマールは合図を送らない。24分にさしかかろうとした頃、ようやくストップをかけた。同時に2人はリング上で大の字になって荒い息をアカデミー内に響かせていた。

 フジマールは水の入ったボトルを持ってリングに上がり、その水をシウバの口に流しながら言う。
「いいぞ、お前は強い、お前は強い、お前は強い。いいか、いまがこの強さを保つために、お前にとって一番大事な時期なんだ。ここが大事なんだ。苦しくても休むな、我慢しろ、いまが追い込む時期なんだ。もう少ししたら一度休ませる。それまでは我慢だ、いいな」
 大粒の汗を吹いて大の字になっているシウバをフジマールは抱きしめている。
 シウバは、荒い呼吸を繰り返しながら師の目を見てうなずいていた。

 シウバは日本のPRIDEのリングでは、その強さを存分に発揮し、輝いていた。しかし、2007年にPRIDEが消滅、UFCに移籍して以降、精彩を欠いた。
 リングとオクタゴンでは闘い方が違う……この辺りでシウバは戸惑っている。そんな風に解説する人もいたが、それは当たっていないと思う。なぜ、シウバがUFC移籍以降、精彩を欠くようになったのか? それは彼が、戦場をUFCに移すと同時にシュートボクセ・アカデミーを離れたからだ。
 シュートボクセ・アカデミーを離れた後、シウバは拠点を米国に移し、独自で練習プランを組み立てるようになる。厳しい指導者のもとを離れれば解放感は得られるが、と同時に、どうしても自分のカラダに甘くなる。その結果、PRIDE時代のような強さを保てなくなったのだろう。

 一部では、シウバの引退がささやかれている。でも、それはないだろう。彼はまだ35歳になったばかり、ファイターとして老け込む歳ではない。ただ、クリチーバで暮らしていた頃のような自分に厳しくなれる環境をつくらない限り、シウバのトップ戦線への復帰は難しいだろう。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)ほか。最新著『キミはもっと速く走れる!』(汐文社)が好評発売中。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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