まずは8月4日に亡くなった松本山雅FCの松田直樹選手のご冥福を心よりお祈りいたします。とにかくサッカーに対して前向きで、真面目にコツコツと努力していた印象が残っています。彼のような人材を失ったことは、日本サッカー界にとってとても大きな損失です。

 松田選手は激しい守備が持ち味で、時にはその激しさが批判されることもありました。しかし、ゴール前で気迫のこもったプレーをするのはDFとして当然です。私自身も激しい守備を身上としていたので、気持ちを最大限に出す松田選手の戦いぶりには好感を抱いていました。彼は激しさの中にもサッカーを楽しむことができていました。マリノスを離れた後も、松本山雅でサッカーを心底楽しんでいる姿を見せてくれていただけに残念でなりません。

 今回は松田選手が練習中に倒れた時、現場にAED(自動体外式除細動器)に設備されていなかったことにも注目が集まりました。鹿島ハイツでは6年前にAEDを導入しています。さらに担架の準備や救急病院の手配など、不測の事態が起きてしまった場合に迅速な対応ができるよう細心のケアをしています。近年では携帯式AEDの持参やトレーナーを帯同させているチームも出てきました。こういった高い意識をスポーツ界全体に広めることが、松田選手に起きた悲劇を防ぐことにつながります。今回の悲しい出来事が2度と繰り返されないよう、すべての人にとって安全にスポーツを楽しめる環境が整うことを願っています。

  大きかった駒野の活躍

 次に10日に行われた日韓戦ですが、「今の日本代表はここまでできるのか」と驚きました。ご存知のとおり結果は3−0、日本が韓国相手に3ゴールを奪うのは37年ぶりという歴史的な大勝でした。

 試合内容を少し掘り下げてみましょう。この試合で特に成長が見えた部分は攻撃面です。ザッケローニ監督が就任当初からテーマに掲げてきた「縦へ速いサッカー」を実践するには、個々人の高い技術と判断の早さが求められます。この点、日本の選手たちは早い判断で、相手よりも速く、空いているスペースへ仕掛けることができていたと思います。日本は球離れを早くすることで、韓国の選手に体をぶつけられたり、パスの出しどころに迷って囲まれたりする機会を与えませんでした。このシンプルで速いサッカーに韓国は戸惑ったのです。

 日本は個人の技術の部分でもレベルの高さを見せました。特に香川真司(ドルトムント)と本田圭佑(CSKAモスクワ)が実力を発揮していましたね。得点を決めたのもこの2人ですが、ゴールシーン以外でもポジショニング、ボールコントロール、ゴールへの意識の高さなどが他の選手と比べて際立っていました。かといって2人以外の選手たちのレベルが低いというわけでもありません。国内組の李忠成(広島)や清武弘嗣(C大阪)もいいアシストをしましたし、日本全体のサッカーの質が上がってきているからこその3ゴールだったと思います。

 守備に目を向けると、組織で守る意識がチームに浸透していることが窺えました。韓国の選手がボールを保持すると、まず、しっかりと守備の陣形を作りパスコースを消しながら、徐々にサイドへ追い込んで奪う。この意図が日本は明確になっていました。試合終盤は韓国のパワープレーにバタつく時間帯もありましたが、W杯アジア3次予選でも、相手がパワープレーを仕掛けてくる可能性があります。その予行演習ができたという意味では、いい経験になったと思いますね。

 右肩脱臼の影響で欠場した長友佑都(インテル)の左サイドバックに誰が入るのか。ここも、韓国戦で注目された点です。今回は駒野友一(磐田)が出場し、その結果、長友が見せるような積極的な攻撃参加とクロスの数は減りました。しかし、DFラインが崩されることはありませんでしたし、2点目のきっかけとなる攻め上がりも見せました。ザックジャパンにとって駒野の活躍は大きなオプションになったのではないでしょうか。

  早い時間帯での先制点を

 9月2日からはいよいよブラジルW杯アジア3次予選も始まります。日本と同じ組に入っていたシリアの失格処分により、タジキスタンが繰り上げ出場することになったのは少し驚きました。この変更により、日本の対戦相手は北朝鮮(FIFAランク114位)、ウズベキスタン(同82位)、そしてタジキスタン(153位)となります。

 急遽、戦うことになったタジキスタンは環境面で劣悪な土地だといわれています。しかし、そもそも何が起こっても当たり前なのがアウェーというものです。私が日本代表として参加していたドーハでのアメリカW杯予選では、ピッチに釘が落ちていたり、練習会場が予定されていた場所と違っていたりしたことがありました。こういったアウェーの洗礼は、自分たちが適応して乗り越えるしかありません。逆に環境の悪さを言い訳にするような選手は、代表としての資質がないと私は思います。

 FIFAランク上では3ヵ国とも格下ですが、侮ることはできません。相手も点と獲られなければ負けないわけですから、引いて日本を待ち構えられるようなサッカーが考えられます。守りを固める敵に手こずらないためにも、早い時間帯での先制点が求められます。そのためには10日の韓国戦で見せた、チームで一貫した攻撃を試合開始から展開できるかどうか。ここが3次予選を戦う上での鍵になるでしょう。

 ブラジルW杯はまだ3年先ですから、若手の台頭も欠かせません。韓国戦で清武を試したように、ザッケローニ監督はしっかりと先を見据えていると感じます。9月2日からの予選でも勝負にこだわりながら、できる限り多くの選手を試し、さまざまな布陣で戦えるチームづくりを進めていってほしいですね。


●大野俊三(おおの・しゅんぞう)<PROFILE>
 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。現在、鹿島ハイツスポーツプラザ(http://kashima-hsp.com/)の総支配人としてソフト、ハード両面でのスポーツ拠点作りに励む傍ら、サッカー教室やTV解説等で多忙な日々を過ごしている。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。

*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。


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