週末のJリーグで素晴らしいゴールを決めた柏の田中順也が日本代表に招集された。おそらくは、当の本人以上に周囲の仲間の方が驚き、興奮しているのではないか。それまで代表に縁のなかった選手であっても、内容と結果を残せばすぐにチャンスが与えられる。柏の選手たちは、その実例を目の当たりにしたからだ。当たり前のようで、長く日本のサッカー界では当たり前でなかったことが、ついに当たり前になりつつある。
 ただ、来る北朝鮮戦では、長く日本サッカーを支えてきた選手、代表と深い縁で結ばれた男が大きな意味を持つのではないかという気がしている。
 もはやJリーグでプレーする大半の選手にとって、W杯で戦う日本代表はごく当たり前の存在である。かつて、どれほどこの大会が遠く、手の届かない存在であったかを知る選手は、ほとんどいなくなってしまった。

 だが、そうしたごく少数の選手ならば、痛いほどにわかるはずだ。W杯に出場したという経験と自信が、どれほどその後の日本代表を変えたのか。3戦全敗という無残な成績であっても、アルゼンチンやクロアチアと戦う姿が全世界に放送されたという事実が、どれほど日本サッカーのステータスを押し上げたか――。

 札幌で韓国を粉砕した日本代表は、本当に強いチームだった。韓国が弱かったのではない。あれは、日本が素晴らしかったのだ。だが、その日本にとってみても、北朝鮮は簡単な相手ではない。
 06年のドイツ大会行きを争った北朝鮮は、決して強いチームではなかった。すでに40年もW杯から遠ざかっていた彼らにとって、日本代表は相当にまぶしい存在だったはずである。だが、それでも彼らは必死に抗った。小笠原のゴールに沸いた埼玉スタジアムを61分の同点弾で沈黙させ、それは、ロスタイムに大黒が劇的な決勝弾を決めるまで続いた。

 メキシコ五輪銅メダルの威光は、28年後のアトランタ五輪予選を戦う際にはなんの役にも立たなくなっていた。ならば、66年W杯ベスト8の栄光が、21世紀の北朝鮮代表選手にとってどれほど遠いものだったかは想像するに難くない。にもかかわらず日本を大いに苦しめた彼らは、いまや新たな自信と経験を手にしている。

 今回の北朝鮮が、ドイツ行きを争った時よりも手強い存在になっていることは覚悟しておいた方がいい。だが、W杯が当たり前という環境で育った若い世代には、壁を破ったことで生まれる力の大きさが想像しにくいかもしれない。そこで求められるのが、ベテランの力、である。個人的には、それは遠藤の力、になるのではないかと考えている。

<この原稿は11年9月1日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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