メジャーリーグにおける最高のヒーロー、ベーブ・ルースが主に3番打者だったこともあり、米国野球で「4番最強論」を唱える向きは少ない。
 今季、アスレチックスでプレーした松井秀喜がヤンキースの4番に初めて座った時、日本のメディアは大騒ぎしたが、ニューヨークのメディアは“無風”だった。

 なぜ、日本野球において「4番」は特別なのか。私見だが、長嶋茂雄の存在が少なからず影響を及ぼしているのではないか。
「4番サード長嶋」。これほど心地良い響きはなかった。ここぞという場面でミスターは必ずと言っていいほどファンの期待に応えた。4番こそは打線の中心であり、スターの象徴だった。
 一度、ミスターに「3番」と「4番」について尋ねたことがある。こんな答えが返ってきた。
「(4番は)チームのシンボルというか、打線の核ですからね。また相手側も、そういう目で見ている。打者としての存在感が、3番と4番じゃ違うんじゃないかなぁ。
 ただし4番は鈍足でもいいけど3番は走れなくちゃダメ。鈍足だとお話になりませんね」

 もうひとりの偉大な元4番打者・野村克也も当然のことながら「4番最強論者」である。
「エースと4番は育てられない」を持論としており、阪神の監督時代には、この9月に他界した久万俊二郎オーナーと激しくやり合ったことがある。
「阪神の70年の歴史で、育てた4番バッターがいますか。田淵(幸一)に(ランディ・)バースに(トーマス・)オマリー。アマの大物か外国人だけですよ。唯一、掛布(雅之)を除いては……。オーナーは次の掛布が育つまで。あと60年、いや70年待つつもりですか」
 それだけ4番は特別な存在だとノムさんは強調したかったのだ。

 昨季、33本塁打でパ・リーグのホームラン王に輝いたオリックスのT−岡田(本名・貴弘)が今季は苦しんだ。“飛ばないボール”の影響もあって、16本塁打(10月5日現在)と数字的にはパッとしない。8月には2軍落ちも経験した。
 打撃コーチの水口栄二は語っていた。
「きっと4番の重圧もあったのでしょう。落ちるボールや低めのボール球に手を出していた。引っ張ろうという意識が強過ぎたんです」
 監督の岡田彰布からは「4番が打たな勝てん」などと酷評され続けた。
 しかし、2軍でじっくりフォームを修正したことが吉と出たようだ。1軍に戻ってからは好調だ。
 9月23日の北海道日本ハム戦では、ダルビッシュ有から初めてホームランを放ち、復活の狼煙を上げた。
 10月5日現在、オリックスは3位。4位・埼玉西武には4.0ゲーム差をつけており、クライマックスシリーズ出場は濃厚だ。

 前半戦の不振の借りはポストシーズンで返す――。T−岡田の顔にはそう書いてある。どん底から這い上がってきた男の「4番の仕事」に注目である。

<この原稿は2011年10月23日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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