2011年も残すところあと1週間となり、ストーブリーグ真っ只中の現在、プロ野球ファンが最も注目しているのが、ダルビッシュ有(北海道日本ハム)の動向でしょう。ダルビッシュはポスティング・システムでメジャーリーグの挑戦を表明し、19日にはテキサス・レンジャーズが彼の独占交渉権を獲得したことが発表されました。今後、ダルビッシュがレンジャーズと契約するか否か、日米で注目が集まっています。
 レンジャーズは10、11年と2年連続でアメリカンリーグを制し、ワールドシリーズに進出した強豪チームです。特に今シーズン、チーム一の打率3割3分8厘、106打点をマークした35歳ベテランのマイケル・ヤングや、32本塁打のエイドリアン・ベルトレといった好打者が揃っている打線がウリで、11シーズンは両リーグあわせてトップのチーム打率2割8分3厘をマークしました。

 しかし、一方では2年連続でチャンピオンを逃してもいます。セントルイス・カージナルスと対戦した今年のワールドシリーズでは、第7戦にまでもつれこむデッドヒートを繰り広げましたが、前年に続いて、またもあと一歩のところで初優勝することができませんでした。その敗因のひとつに挙げられるのが先発投手です。どの球団にも言えることですが、やはりシーズンを通してローテーションを守ることのできる先発3本柱は不可欠。しかし、レンジャーズには2番手、3番手はいるものの、絶対的なエースがいません。これが王座を得ることができない要因になっているわけです。

 今回のレンジャーズのダルビッシュ獲得は、エースとしての活躍を期待してのものだということは想像に難くありません。ダルビッシュは米国でも非常に高い評価を得ています。150キロ台の直球に、多彩な変化球をもち、コントロールも安定している。そして196センチ、98キロという体格のよさも兼ね備えています。09年3月のワールド・ベースボール・クラシックで日本の2度目の優勝に大きく貢献した活躍もあり、米国でも注目されてきたのです。

 ダルビッシュは今や言わずと知れた日本の大エースであるわけですが、他の“本格派”と呼ばれる日本人投手との一番の違いは、力だけでなく、コーナーをしっかりと使い分けることができることです。メジャーでいわゆる“先発3本柱”に入ることのできるピッチャーは、そういう勝つためのピッチングができます。それが既にできるわけですから、ダルビッシュもその“3本柱”に入ることのできる実力は十分にあります。

 ここ数年のダルビッシュの成長は著しく、特に私が感じているのは年々、パワーピッチングができるようになっているということです。シーズンの中で必ず勝たなければいけない試合や、その試合の中で絶対に抑えなければならない場面、さらに相手チームの中で調子を乗せてはいけない打者、こうしたここ一番でのピッチングには彼のすごさを感じるのです。その確率は、今ではほぼ完璧になっています。

 11シーズン、ダルビッシュは28試合に登板し、沢村賞に輝いた田中将大(東北楽天)に次ぐ18勝(6敗)を挙げ、防御率は5年連続で1点台の1.44という好成績を残しました。28試合の登板の中で、私が一番印象に残っているのは6月15日、交流戦での阪神戦です。この試合でダルビッシュは連勝記録が止まり、開幕戦以来となる2敗目を喫しましたが、ランナーを置いて打席に鳥谷敬を迎えた場面でのピッチングに私は目を見張りました。

 2ストライクに追い込み、次のボールが勝負の場面、私はヒザ元に沈む変化球で空振り三振を狙いにいくだろうと読んでいました。なぜなら鳥谷は縦の変化に弱く、ヒザ元へのボールは打ってもファウルという傾向があるからです。ところが、ダルビッシュが投げたのは全く予想外の外角へのカーブだったのです。これには鳥谷も驚いたと思います。実際、鳥谷は全くタイミングが合わず、空振り三振に倒れました。そして、これにダルビッシュは小さくガッツポーズをしたのです。

 この外へのカーブは、インサイドに狙ったボールが抜けてしまったものだったのか、それとも意図して外へ投げたものだったのか……。私は不思議に思って、ダルビッシュにツイッターで訊いてみました。すると「意図して投げた」という答えが返ってきたのです。
「このピッチャーは、どこまで引き出しをもっているのだろう……」
 そう思わずにはいられませんでした。

 彼がメジャーリーグでどんなピッチングを披露し、どんな成績を挙げるのか、本当に楽しみでなりません。しかし、あえて一つ気をつける点を挙げるとすれば、コントロールです。レンジャーズの本拠地テキサスは温暖な地域で、私も今夏、体験したのですが、夏は体が溶けてしまうのではないかと思えるほど猛暑になります。そのために、ボールパーク・イン・アーリントンはボールがよく飛ぶスタジアムとして知られています。ですから、少しでも高めに甘く入ったボールは簡単に長打にされてしまうのです。

 先述した通り、ダルビッシュはコントロールがいいピッチャーですから、そうそう心配はしていないのですが、数ある変化球のうち、カットボールだけは少々高くいってしまう傾向にあります。ですから、このカットボールの使い方には十分に気をつけてほしいと思います。とはいえ、彼は頭のいいピッチャーですから、おそらくオープン戦などでいろいろと試す中で、どういうピッチングをしなければいけないのかを理解したうえでペナントレースに入ることでしょう。ですから、それほど心配はしていません。

 果たしてメジャーでのダルビッシュはどんなピッチングを披露し、1年目でどんな成績を挙げるのか、今から非常に楽しみです。期待としては17勝、18勝してほしいなと思う半面、日本では見たことのない、打たれるダルビッシュも見たいなという気持ちもあります。というのも、やはりメジャーは世界最高峰の舞台。ですから、「さすがはメジャー。あのダルビッシュでも、簡単にはいかないか」と、世界の野球レベルの高さも感じたいと思っているからです。ダルビッシュとしても、それを感じたいという気持ちもあるからこそ、メジャーに挑戦しようと思ったのではないでしょうか。いずれにしても、現段階では交渉がうまくまとまることを願わずにはいられません。

 さて、FA権を行使してメジャー挑戦を表明したのが、福岡ソフトバンクの8年ぶりの日本一に大きく貢献した和田毅です。既にボルチモア・オリオールズへの入団が決定しています。実は私個人としては、来シーズンからメジャーでプレーする日本人選手の中では、彼に一番注目しているのです。というのも、野茂英雄以来、実に多くの日本人ピッチャーが海を渡っていきましたが、先発投手ではほぼ全員が140キロ後半以上のスピードを誇る豪腕でした。

 しかし、和田は違います。直球は130キロ台半ばであり、決してスピードでは勝負するタイプではありません。彼の武器は球の出どころが見にくいフォームと、そして球もちがよく、130キロ台のボールを150キロの剛球に感じさせる球のキレにあります。ある意味、最も日本人らしいピッチャー、日本人らしいピッチングといえるわけです。ですから、彼がメジャーで成功すれば、さらに日本人ピッチャーの可能性が広がることでしょう。

 和田がメジャーで活躍するには“我慢”が最大のポイントとなると思います。もともと和田はコントロールがいいピッチャーですが、これまで以上のコントロールが要求されます。日本ではアウトコースと上下の揺さぶりで勝負してきました。おそらくストライクゾーンを9分割した配球でピッチングを構成してきたのではないでしょうか。しかし、メジャーではさらに細分化した繊細なピッチングが必要となることでしょう。基本はもちろん低めに丁寧に投げること。これをどこまで我慢して投げ続けることができるかにかかってきます。

 そしてもう一つは首脳陣が我慢してくれるかどうかも、和田が活躍できるか否かの重要な要素となります。というのも、大柄なメジャーのピッチャーと比較すると、和田は細身で見た目には頼りなく感じる人も少なくないかもしれません。さらにスピードがないわけですから、どうしても「これで大丈夫なのか?」という印象をもってしまいます。ですから、和田がメジャーで認められるまでには時間がかかるかもしれません。その時、チームとしてどこまで我慢して彼を起用し続けてくれるかが重要なのです。

 オリオールズは4年連続で最下位と低迷しているために、和田がいくら好投しても、なかなか勝ち星が挙げられないかもしれません。しかし、同じア・リーグ東地区のヤンキースやレッドソックスなどの強打者たちを抑えることができれば、和田への評価は高まるはずです。それだけにダルビッシュ以上に、和田はスタートが肝心かもしれませんね。

 彼らのほか、岩隈久志(楽天)もメジャー入りを目指しています。野手では青木宣親(東京ヤクルト)がミルウォーキー・ブルワーズと、中島裕之(埼玉西武)がニューヨーク・ヤンキースと交渉中です。また、川崎宗則(ソフトバンク)は既にシアトル・マリナーズとマイナー契約したという話もあります。既存の選手も含めて、どんな活躍を見せてくれるのか。来シーズンはこれまで以上にメジャーリーグから目が離せません。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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