大坂谷明里(陸上・棒高跳び選手/愛媛県競技力向上対策本部)第1回「悔しかった2年連続銀メダル」

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 今年7月4日、東京・国立競技場で行われた第109回日本陸上競技選手権初日、女子棒高跳び決勝は4m20を成功した大坂谷明里(愛媛県競技力向上対策本部)と小林美月(日本体育大学)の2人に絞られた。バーの高さが5cm上がり、小林が一発で成功したのに対し、大坂谷は1回目の試技で失敗した。ここで大坂谷は4m25をパス。さらに5cm、バーの高さを上げたのだった。

 

 棒高跳びは同じ高さのバーへの挑戦は3回まで。3連続失敗でも終了となる。結局、大坂谷は4m30で2回失敗し、3連続失敗により、記録は4m20。この時点で小林の優勝が決まった(最終記録は4m31)。自己ベストを5cm上回る4m25を1回の失敗でパスをした理由を、大坂谷はこう述べた。

「(4m)25も30も跳べると思っていました。2回挑戦して30に行くよりは、足の疲労具合を考慮し、集中して出力を上げて30に挑もうと考えました」

 彼女は、この春から拠点を東京に移し、競技中心の生活を送っている。練習でも跳べる感覚は掴んでいたという。

 

 結果は2年連続2位。4m20の記録は自己ベストタイと、記録は悪くないようにも思えるが、本人は満足していない。

「去年の2位は、初めてライオンメダル(日本選手権のメダルはライオンが描かれている)をもらい、表彰台に立てたことがうれしかった。その時に“来年は今年以上の結果”と思っていましたし、“他の人に負けたくない”という気持ちが強かった」

 

 また今回の日本選手権には、これまで以上に負けられないという思いが強かった。

「今、一緒に練習をしている実咲さんが、手首をケガして日本選手権に出られなかった。私はケガをした時、現場にいたので、諸田さんの思いとかも引き継いで頑張りたいと思っていました。だからとても悔しかったんです」

 実咲さんとは現日本記録保持者(4m48)の諸田実咲(アットホーム)のことである。

 

 諸田は今回の日本選手権で3年連続4度目の優勝がかかっていた。今年5月には揃ってアジア選手権大会に日本代表として出場(諸田は銅メダル、大坂谷は6位)したが、その試合で諸田は両手首を骨折。日本選手権欠場を余儀なくされた。それを受け、“実咲さんの分まで”と気合十分の大坂谷だったが、ライオンの金メダルを首にかけることはできなかった。

 

 

「技術的に突出しているところはない」

 とはいえ、今年に入って大坂谷が安定した結果を残しているのも事実である。2月に4m20を跳び、当時日本歴代10位タイ、同学生4位タイ。5月には初の日本代表となったアジア選手権で6位に入賞した。日本選手権では先述したように4m20を跳び、2位に入った。

 

 現在、彼女を指導する田中成(たなか・しげる)はこう口にする。
「その意味で大坂谷が技術的に今突出しているところはありません。日本選手権で2年連続2位に入っているので、能力的には日本人の方で高いと思いますが……。我々はアジア、世界を見据えていますから」

 

 田中は棒高跳びのプロコーチとして活動し、大坂谷と諸田のほか、23年世界選手権ブダベスト大会日本代表の柄澤智哉も指導している。

「彼女の強いところは精神面。あえて比較するならば、諸田になくて大坂谷にあるのは、どんな状況でも、気にせず跳べる点です。棒高跳びは風に左右される種目ですが、彼女は関係なく自分の跳躍に持っていけます。普段通りの跳躍をできるところが一番の強み。あとはかなりの負けず嫌い。そこも彼女の強みだと見ていて思いますね」

 

 技術的に突出しているものがない――。それは田中が求めているレベルの高さゆえとも言えるが、大坂谷のポール・ヴォルターとしてのキャリアの歩みも影響しているかもしれない。彼女が棒高跳びを始めたのは高校生になってからだ。技術的にも身体的にも伸びしろは十分だろう。指導する田中も「伸びる要素はかなりある」と認めるところである。

 

 兵庫県生まれの大坂谷が、陸上を始めたのは小学4年生の時だ。最初はポールを使わない、走り高跳びの選手だった――。

 

(第2回につづく)

 

大坂谷明里(おおさかや・あかり)プロフィール>

2002年4月10日、兵庫県小野市出身。小学4年生から陸上を始める。小学生時は走り高跳び、中学生時は走り高跳びと四種競技。社高校で棒高跳びを始める。高校2年時、全国高校総合体育大会(インターハイ)で同種目4位入賞(3m80)。園田学園女子大学進学後は1年時に日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)優勝(4m00)。大学4年時は日本学生陸上競技個人選手権大会で優勝(4m15)。24年の日本選手権では2位(4m10)に入った。25年2月、香川室内跳躍競技会で当時日本歴代10位タイとなる4m20をマークして優勝した。この春から愛媛県競技力向上対策本部に所属し、東京に拠点を移した。アジア選手権では6位入賞(3m98)。日本選手権では自己ベストタイの4m20を記録し、2年連続2位。身長162cm。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

 

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