96年のアトランタ五輪以降、日本サッカー界はほぼ毎年のように世界への挑戦を続けてきた。世界大会への出場は悲願ではなく常識となり、出場するだけで満足していた日本人は、世界大会での勝利を期待するようにもなった。
 だが、いまだかつてこんな年はなかった。今年、日本サッカーが期待されるのは世界への挑戦、ではない。世界一への挑戦、である。
 言うまでもなく、昨年、なでしこたちは世界の頂点に立っている。しかし、昨年の今頃、日本の女子サッカーがW杯で優勝するなどと考えた人がどれだけいたことだろう。彼女たちは、ほとんど誰にも期待されていなかった。長く女子サッカーを支えてきた人たちも力尽きようとしていた。そんな中で、なでしこは世界を制したのだ。

 たった1年で、状況は劇的に変わった。来るべきロンドン五輪に、なでしこは金メダルを期待されて臨むことになる。日本サッカー史上、かくも大きな期待を寄せられて世界大会に臨んだチームはない。

 日本に対する対戦相手の見方も違う。昨年のドイツでは、ほとんどの国が日本を相手に勝ちに来た。日本の良さを消そうとするのではなく、自分たちの良さをぶつけようとしてきた。だが、おそらくロンドンでの戦いは、勝ちに来るのではなく、負けないことを第一に考える相手が増えてくるはず。戦術、スタイルに対する研究はもちろんのこと、主力選手に対する分析も綿密なものになってこよう。目標とするメダルの獲得は、当然、簡単なことではない。

 ただ、史上最も困難なものになるであろう彼女たちの挑戦は、今後の日本サッカー界にとってかけがえのない財産となる。警戒され、研究される側として戦う経験は、ブラジル、ドイツ、イタリアなど、世界でも限られた国しか持ちえていない極めて貴重なものだ。勝てばもちろんのこと、仮に敗れることがあろうとも、得られるものの輝きは変わらない。そして、女子の経験が男子をも変えることになれば、それは、世界でも初めての例となる。

 なでしこがスポットライトを浴びている分、いささか地味な印象になってしまった感はあるが、かつてないほど攻撃陣に人材の揃った男子の五輪代表も期待できる。予選でシリアという難敵を倒さなければならないが、出場がかなえば、なでしこにも負けないぐらい、いや、なでしこ以上にメダルの可能性はあると見る。

 大きな期待は、現場で戦う者にとっては重圧ともなる。だが、重圧の中で戦った経験は、生涯の財産となる貴重なものとなる。なでしこも男子も、大きな期待を喜びとし、しびれるような重圧を満喫する1年にしてほしい。

<この原稿は12年1月5日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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