サッカーの勝ち方には、大雑把にいって2つの種類がある。勝ちに来ている相手に対する勝利と、負けまいとしてくる相手に対する勝利、である。どちらの勝ちも簡単につかめるものではないが、より難易度が高いのは後者である。
 日本中を感動させた昨年のW杯におけるなでしこの優勝は、どちらかと言えば前者のタイプの勝利だった。すでに世界の強豪としての地位を確立しつつあったとはいえ、日本が世界王者になることを本気で考えた関係者は、日本人を含めてもそうは多くなかったに違いない。決勝トーナメントでぶつかったドイツも、ファイナルで激突した米国も、日本の実力は認めつつも、自分たちの方が力は上だとの思いは持っていたことだろう。ゆえに、彼女らは日本の良さを消そうとするのではなく、自分たちの良さをまず押し出そうとした。耐える、という選択肢の優先度は、そう高いものではなかった。

 ただ、どんな勝利であっても勝利は勝利である。W杯の優勝によって、日本国内には五輪での優勝も期待する声が一気に高まった。悪いことではもちろんない。ないのだが、しかし、わたしの中にはある種の懸念があった。女王として戦うには、なでしこたちはいささか力不足ではないか。期待だけが高まりすぎてしまうと、五輪でメダルを獲得できなかった際の反動が大きくなってしまうのではないか――。

 だが、それもどうやら杞憂だったようだ。
 ポルトガルで開催された先のアルガルベ杯にしても、今回のキリンチャレンジ杯にしても、なでしこたちの戦いは完全に女王のものになっている。警戒され、良さを消されるデメリットよりも、王者となったことで自分たちのサッカーに対する自信が深まったというメリットの方が、確実に上回っている。勝ったことで、なでしこたちは強くなった。沢がいなくても米国と五分に渡り合えるほどに、強くなった。

 ブラジル代表の主将として黄金のカップを掲げ、ジュビロでも活躍したドゥンガは「勝ったことのあるヤツしか勝てない」と言っていたものだが、その言葉の重み、深みをあらためて痛感させられる。つまり、最も大変なのは、「初めて勝つ」時であり、一度勝利を収めれば、そこからは特別な道が広がっているということなのだろう。

 もちろん、強豪ひしめく五輪での勝利が簡単なものではないのは言うまでもない。それでも、たとえ、なでしこたちが敗れることがあったとしても、それはワールドカップにおけるブラジルがそうであるように、王者として振る舞った末の敗北であることは間違いない。彼女たちは、本当に強くなった。

<この原稿は12年4月5日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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