隣のヤクルトファンが「あたーっ」と声をあげて、へたりこんだのが印象的だった。
3月30日の今季開幕戦。読売巨人−東京ヤクルトの一戦である。ヤクルトの先発・石川雅規が、なんと8回裏まで巨人打線をノーヒットノーランに封じこめたのだ。すわ、開幕戦で快挙達成かと思った途端、9回裏に坂本勇人に初ヒットを許したのでした。
それにしても、この試合は盛り上がった。167センチ、69キロ。170センチにも満たない小柄な左腕が、持てる技術を駆使して、ぶっちぎりで優勝と下馬評の高い巨人をノーヒットノーランに封じ込めようとしているのだから。
いわゆる順位予想をしようとすると、セ・リーグの場合、巨人以外を1位にする合理的な理由を探すことは困難だろう。戦力を比較すれば、誰がどう見たって優勝は巨人である。
しかしね、キミ……と、つい言いたくなる。理屈の上ではそうだけど、現実がその通りに運ぶとは限らないのだよ。古来、日本では、柔よく剛を制すと言うじゃないか。小よく大を制す、なんて言葉はないかもしれないが、気構えとしては、われわれはそういう精神を尊ぶのだよ。だから、判官贔屓というだろ。日本海海戦の勝利はいまだに人気があるだろ。神永昭夫はアントン・ヘーシンクに負けたけどさ。いや、まあ、それはさておき。
そりゃ、広島カープの打線は巨人より劣ると思うよ。しかし、野球はどんなにたくさん優秀な戦力を集めても、9人(DH制でなければ)しか、グラウンドには立てないからね……。
もし今季、巨人が優勝を逃すとすれば、石川が開幕戦で巨人打線に与えたダメージが、大きな要因となるかもしれない。そのあと、広島に3連敗しちゃったし。いや、これとて、もちろん合理的な説明ではありえないけれども。
プロの開幕戦では、小柄な左腕の変化球に宿るある種の迫力が印象的だったが、センバツ高校野球では、逆に、長身投手の剛球が話題をさらった。
優勝した大阪桐蔭の藤浪晋太郎は、なんと197センチ。一回戦で藤浪と投げ合って敗れた花巻東の大谷翔平が193センチ。藤浪が「浪速のダルビッシュ」で、大谷が「みちのくのダルビッシュ」だとか。この体格を見れば、そう言いたくもなる。
石川のような投手が、えげつないほど変化するシンカーをコーナーいっぱいに投げ分けて、巨大打線を料理する――これも、確かに日本野球の醍醐味である。しかし、投手というものは、基本的には背が高い方が有利である。まず、ボールの角度が違う。
その意味で、ダルビッシュ有(レンジャーズ)が日本野球の大エースとして君臨した意味は大きい。全国に「○○のダルビッシュ」と異名をとる投手が出るようになった。つまり、背の高い選手をエースとして育てようとする風土が生まれたということだ。
ひと昔前なら、左の速球投手は、みんな「江夏二世」だった。ただ、残念ながら、江夏豊さんほど速い「江夏二世」には、ついにお目にかかれなかったような気がする。
藤浪と大谷はどうだろうか。今秋のドラフトで注目される逸材には違いあるまい。
ただ、少々気になることがある。確かに二人とも150キロの速球を投げることができる。しかも190センチを越える長身、素質に恵まれていることは、疑いようがない。
しかし……。どうも上体の力に頼った投げ方に見えて仕方がないのだ。
評論家の方々が得意なフレーズを使えば、「開きが早い」ということか。胸のマークが打者に対して正対するのが早いと、いくらスピードが速くても打てる、などとよく評論される、あれである。
ここで、あえて高校時代のダルビッシュを思い出してほしいのだが、彼は、例えばセンバツの藤浪や大谷ほど、力んで上体の力で投げていなかった。
出そうと思えば150キロは出せるのに、下半身から始動して、しなやかに投げていた。なろうと思えば剛球投手になれるのに、あえて変化球投手たらんとしていた。
もちろん、現在のダルビッシュと比べるのはフェアではない。あくまで高校の時点で比べての話である。明らかに、ダルビッシュの方がフォームがしなやかだった。
おそらく、これは全国的な傾向ではないだろうか。「○○のダルビッシュ」という異名はついていないだろうけれども、例えば2年生ながら注目された関東一の中村祐太、No.1左腕と言われた愛工大名電の浜田達郎。確かに超高校級の好投手だろうけれど、総じて、ダルビッシュのしなやかさがない。
昔、かの野村克也さんがヤクルトの監督だった頃、「投手美人」という言葉を使ったことがある。ことフォームに関しては、「美人」であることは重要である。
せっかく「背の高い投手を作る」文化が根付くのであれば、必ずそれとセットにして「下半身からしなやかに投げる」文化も、築き上げるべきだ。高校野球は、その貴重な場である。
投がダルビッシュなら、打は前田智徳(広島)。これまでなんとかの一つ覚えのように、投打の美の象徴を論じてきた。
おそらくは前田が出現する以前、独特の一本足打法という様式美を誇った王貞治さんを別格とすれば、最も美しかったと言うべき打者が、3月14日に亡くなった。榎本喜八さん、享年75歳。一種の奇行も含めて、さまざまな伝説に彩られた稀代の大打者だが、その本質は、打撃フォームの美にあった(詳しくは、松井浩さんの名著『打撃の神髄 榎本喜八伝』をぜひごらんください)。
榎本についてよく評されるのは、軸のぶれないスイングだったということである。例えば、イチローは軸が前に出ていきながら、スイングの時には止まっているように見える。榎本は、構えたところからピタッと動かない軸で打ったように思える。そして、前田の軸はわずかに前に出て止まる。これが、三者三様の美を生み出す。
そういう究極のレベルから、高校野球を概観するのもどうかとは思うが、打者も全体的に、上体を利した、力強いスイングを追求する傾向が強いように見受ける。おそらく、高校野球の指導者も、日常的には下半身の重要性を説いているに違いない。しかし、名門校は結果を求められる。とりあえず力強いボールであり、スイングは、勝利への近道となるだろう。そこで安易に流れていないだろうか。
なんだか説教めいてきた。いかん、いかん。別の言い方をしよう。
例えば、広島カープの新人・野村祐輔は、広陵高時代から、しなやかな投手だった。打者で言えば、中日の高卒ルーキー高橋周平も、高校時代から型をもっていたように思う。
そういうのがいいな、野球ってものは。
上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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