試合翌日のリッチモンドの空は雲に覆われていた。まさに今にも泣きそうな空模様の中、リッチモンドの中心、キャリーストリートで広山望と待ち合わせるていた。日曜日に営業している店は限られているのだろう、レストランが建ち並んだキャリーストリートは街全体の賑わいを詰め込んだようだった。空いている駐車場を探し当て、ぼくたちは木製のテーブルが並んだ天井の高いブラッセリー(レストラン)に入った。
(写真:スポルティング・ブラガ時代の広山。チームは11-12シーズンでも3位に入り、ポルトガルの強豪としての地位を固めている)
「試合前、アナウンスで“インターナショナルな選手”と紹介されていたね。そういうリスペクトがあって嬉しかった」
 ぼくがそう言うと、広山は照れ笑いした。彼はかつてフランスのモンペリエHSCとポルトガルのスポルティング・ブラガなど、日本を含め5カ国を渡り歩いている。それらの実績から“インターナショナルな選手”と紹介されたのだ。
「(自分へのリスペクトは)すごくありますね。これまで色んな国でやってきたこととか、代表経験があることとか。特にモンペリエもブラガも強いですからね」
 モンペリエは、2003−2004シーズン、2部に降格したものの、1部に復帰した09―10はリーグ・アンの5位に食い込んでいた。一方、ポルトガルのブラガは10―11シーズンのヨーロッパリーグで準優勝していた。
「チームメートには、“すごいところにいたんだな”と言われます。ただ、アメリカの場合はそうした“過去”よりも、実際にどんなプレーをしているかという“現在”の方が大事だから」
「キッカーズでほかに代表歴がある選手は?」
「25番の選手ですね。ウガンダ代表に選ばれているみたいです」

 ウエイトレスが目の前をせわしく歩いていった。店内はほぼ満員だった。
「選手のプロフィールを見たら、どれも経歴に大学名が書かれていた。これまでのチームとは様子が違うね」
「基本的にアメリカの大学でプレーしてからプロになっている選手ばかりですね。MLS(メジャーリーグサッカー)もアメリカの大学を経て、ドラフトにかかるというのが一般的みたいだから。ここ(ユナイテッド・サッカーリーグ)もそうですね」
「外国人選手もそうなの?」
「ええ。イギリス人のキーパーとぼく以外はそうですね。だから母国語でなくても、みんな英語を流暢に話します。ぼく以外は」
 広山の話を聞きながら、僕は前日にロッカールームで顔を合わせた選手たちを思い出した。

 欧州のトップリーグのサッカー選手と接してみると、空虚な印象を受けることが少なくない。高級品のジーンズに真新しい革靴、派手なシャツ、そしてスポーツカー……彼らの多くは驚くほどよく似ている。サッカー選手という職業がなければ、彼らの身につけている高級品は煙のように消えてしまう。人は何かを得れば、必ず何かを失うものだ。彼らが憧れるサッカー選手という職業に就くために捨てなければならないことは多かっただろう。知性の香りがないことも含めて。
 
 一方、前日会ったリッチモンドの選手たちは皆、にこやかで親しみやすい印象があった。いい意味で普通の青年だった。
「みんなしっかりした大人だなということを一番に感じますね。サッカーだけしていればいいという立場じゃないからでしょうね。コーチとして子どもを教えたり、メインはサッカーであっても、ホテルで働いている選手もいます。色んなところと繋がりのある人が多い。」

 広山はぼくが広げた選手リストを指しながら、「16番の選手いるでしょ?」と言った。スコットランドのペイズリー出身のロス・マッケンジーという中盤の選手で、バージニア州のオールド・ドミニオン大学からキッカーズに入っていた。
「彼は若いんですけれど、週一回、チームが子ども向けに行っているサッカースクールのディレクターをやっているんです」

 前回にも書いたが、キッカーズではサッカースクールの経営が大きな収入源となっている。
「世界中のほとんどのプロクラブは、有料観客、スポンサーを集めて経営を成り立たせている。でも、このチームの場合は、子どものサッカースクールからの収入があって、スポンサーにはそれほど頼っていない。キッカーズのようなクラブが日本にあってもいいと思うんです」

 ウエイトレスが山盛りのポテトフライとステーキの載った皿を運んでいるのを見て、「あれでスモールですから。質より量なんでしょうね」と、広山は微笑んだ。
「コーラの量とかもアメリカは半端じゃないよね。選手たちも食事に行くと大量のコーラとか飲むの?」
 彼は首を振った。
「みんなヘルシーですね。普段はゲータレードとか飲んでいて、レストランに行くと水です。給料が高くないというのもあるんでしょうけど、賢く節約しているという感じがしますね」

 前日の試合内容について聞くことにした。
「試合を見ていると、7番の選手をワントップにして、その後ろに3枚、中盤の選手を置いていた。あれがキッカーズの戦術なのかな?」
「今はそうですね。左右にウィングの選手を置くのが好きみたいです。他のチームはオーソドックスな4−4−2を採用しているんですが、うちは、4−2−3−1や4−3−3。ヨーロッパでやっている4−2−3−1とは違って、クラシカルなワントップを置いて、クロスから点を獲るみたいな。昨日はボールをきちんと繋いでいましたが、悪い時はすぐにロングボールを前に入れることも多い」
「ただ、ゴールに近づいた時のフィニッシュが雑というか、工夫がないというか……」
「昨日は相手がボールを持たせてくれたので、余裕があり過ぎたのかな。ただ、ペナ(ルティ・エリア)の中で鋭く仕留められるようなレベルの選手はいないです」
「引きつけて、ためを作ってからスルーパスを狙ったりする選手もいなかった」
「途中から入ったブラジル人の選手はそういうプレーが出来るんですけど」
 8番をつけた、ジェルソン・ドス・サントスという選手だった。
(写真:リッチモンド・キッカーズのロッカールーム。ユニフォームが背番号順に並んでいる)

「彼は面白いんですよ。サンパウロからリッチモンドの大学に入るためにアメリカに来たんです。卒業してこのチームに入ってやるようになって、サッカー選手としてもう少し上を目指してもいいかなと思うようになった。今は、ブラジルのクラブでやることも考えているみたいです」
 様々な文化背景を持つ選手の中で、広山はいい刺激を受けているようだった。

(つづく)

田崎健太(たざき・けんた)
 ノンフィクション作家。1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に勤務。2000年より退社して、文筆業に入る。『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『W杯に群がる男達−巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)など著書多数。最新刊は、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社 2011年12月2日発売)。早稲田大学講師として『スポーツジャーナリズム論』を担当。早稲田大学スポーツ産業研究所 招聘研究員。携帯サイト『二宮清純.com』にて「65億人のフットボール」を好評連載中(毎月5日更新)。
◎バックナンバーはこちらから